奇跡 | 吉岡正晴のソウル・サーチン

吉岡正晴のソウル・サーチン

ソウルを日々サーチンしている人のために~Daily since 2002

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2010年11月25日付けのブログです。


【ブルー・ローズに起こる奇跡】



奇跡ミズイロ薔薇キラキラ



10月27日(土曜)は、この時期には珍しく関東地方に台風がやってきた。まさか台風とは。これでは当日券に影響があるに違いない。とは言うものの、ふたをあけてみれば、8割方席は埋まった。



ステージのピアニストは緊張しているのだろうか。第一部はほとんどおしゃべりはなく、音楽比率はかつてない96パーセントを記録。まさに「ピアノ・コンサート」になった。普段半分近くしゃべる深町さんにとっては、これこそ、奇跡だった。



即興演奏は、すなわち一期一会(いちごいちえ)。二度と同じ演奏はない。本人さえ同じようには弾けない。となると、この感動や感激をなんとしてでも記録に残しておきたい。そこで『ソウル・サーチン』関連の映像を記録しているレムTVのチームに収録をお願いした。今回は6台のカメラでたったひとりのピアニスト深町純を追った。一体どんな映像になるか今から楽しみだ。



しかし、いくら映像も音も記録したとしても、この演奏そのものは決してデジタル化することはできない。この場にいて、深町ピアノが共振させる空気を吸い、そのピアノの振動を五感を使って体全体で体験すること、それこそが最大の贅沢だ。この日、このブルー・ローズにやってきた300人の人たち、この時間を体験した人だけに残る「記憶」「思い出」「感触」、それがプレシャス(貴重)なものなのだ。そこにライヴ・パフォーマンスの醍醐味がある。



やはり、いい演奏家、いいピアノ、いい音、いい響き、いい環境での音楽は、格段においしい。年に一度とは言わず、半年に一度くらいの割合でいい音を響かせてはいかがだろうか。深町さんにとっては、そんなに難しいことではない。



第2部の冒頭は17名の子供たちのコーラスとの共演となった。これは、今回のライヴを企画立案した小野布美子さんが普段子供たちに音楽を教えていて、その生徒たちがみんなで作った自作曲を舞台で歌うというものだった。これまでに深町さんと子供たちは何度か一緒にやっていた。僕は正直、リハのときにこれを見て、「なんだこれは」と思った。学校の発表会という感じのものだったからだ。



4曲を歌ったが、途中のMCで深町さんが計らずも言った。「まあ、稚拙(ちせつ)な歌ですが・・・。でも音楽って不思議だよね。稚拙でもでもこうやってひたむきに歌っているっていうのはいいよね。(拍手) 僕は子供って嫌いなんですよ。(笑) だって子供がいたらこんな音楽会は台無しになっちゃうでしょ。(笑) これらの曲は彼らが自分たちが作った曲で、誰か大人から歌えと言われて作ったものではありません」 



サントリー・ホールは基本的にはクラシックにしか貸さないという。また、貸し出しに際してさまざまなチェックリストがある。曲演奏中に客入れをしていいか、写真撮影許可するかしないか、花束はどうするか、お子さんは入場可か、などなど。ま、この日もかなり小さな子供を連れてきた人がいて、その赤ん坊が演奏中に泣くというか、声をだすので、やはりさすがに迷惑だなと感じた。以降は6歳以下はご遠慮願いましょうか。打ち合わせのときにおもしろかったのが、「演奏曲目は何ですか」というもの。どうやらクラシックの演奏会では事前に演奏曲目を出すことが多いらしい。もちろん深町さんは即興なので、何曲やるか、何分やるか、もちろんタイトルさえわからない。「曲目は事前にはわかりません」「では終わった後、演奏曲目は張り出されますか?」「・・・」。(苦笑)(僕がいつも作ってるセットリスト、張り出せばよかったかな=(笑)) 



それにしても、この空間に漂うピアノの響きは格別だ。ヨーロッパの昔の貴族たちは、こうした即興演奏みたいのを毎日のようにやっていたのだろうか。サントリー・ホールの担当の人が、ふだんはいつも同じクラシックの作品ばかりを聴いているらしく、この深町さんのような演奏に「新鮮さ」を覚え「こういうのが聴きたかったんですよ」と言って即売でCDを買っていったそうだ。



ふだんやっているFJズや、かつてやっていた恵比寿アートカフェでのパーティーで聴く音と、このブルー・ローズで響く音は天井の高さも、反響も、またピアノ自体の音も違う。そういう違いによって、演奏家のモチヴェーションは高まるのでしょうか。「それは(もちろん)あると思うね。当然、演奏家にもそこの音が入ってくるからね。やはり、(演奏家が)集中していると、いい演奏ができるとはよく言われる。ただね、自分がものすごく集中していい演奏ができたと思っても、意外と聴いている人は違って受け取っていたりしてね。逆に、僕があんまり集中できずに楽に弾いたときに、『力抜けてて、よかってね』なんて言われることもある。一概にはなんとも言えないな」 (深町・談)



1曲終わるごとに、もちろん観客からは拍手が来るのだが、いつもよりも、あたりまえなのだが、格段に拍手の時間が長かった。観客の満足度もいつもとは違うのだろう。



そして、最後の曲が終わり万雷の拍手に迎えられ彼は再びステージに登場した。「僕の人生の信条のひとつに・・・、決してアンコールはしない、というものがあるんですが・・・。(笑) でも、1曲弾きます」 



何曲も演奏されたこの日のステージだったが、そこにはまちがいなく深町純の小宇宙があった。それは、決してアートカフェやFJズでは感じられないものだった。ひょっとしたらアートカフェなどでは「小国」があったのかもしれない。普段、人が動き、ドリンクのカップや食べ物が行き交う中で聴く音楽と、シーンとほぼ全員がステージ中央のひとりの演奏家に対して集中しているのでは、まったく空気が違う。僕も背筋を伸ばして聴いた。



小宇宙からは、きっと宇宙に人類誕生という奇跡が起きたように、何か違う小さな奇跡が起こるに違いない。舞台はブルー・ローズ、不可能が可能になった部屋なのだから。



(2007年10月27日土曜、サントリー・ホール・ブルー・ローズ=深町純ライヴ)

ENT>MUSIC>LIVE>Fukamachi, Jun

2007-142