先週、ぼくは横浜の海辺に立っていた。

夕方だった。

 

横浜ランドマークタワーが影になり、その隣の高層ビルと並んで空に立っていた。

二つのビルのあいだに、遠くの富士山が見える。

 

都会はときどき、不思議な額縁を作る。

 

太陽はゆっくり落ちていった。

決まった軌道を、ただ静かになぞる。

 

やがて光の球が、山の頂上に触れた。

ほんの数分。

太陽が山に乗る。

 

人はそれをダイヤモンド富士と呼ぶ。

悪くない名前だと思う。

でも、本当の時間はそのあとに始まる。

 

太陽が山の向こうに沈む。

光が一度、世界から抜け落ちる。

 

そして黄昏が来る。

昼でも夜でもない、短い時間だ。

世界の輪郭が少しだけ曖昧になる。

 

そのとき、ぼくは思った。

もしかすると、この時間だけは、別の世界が少しだけ近づくのかもしれないと。

 

ビルのあいだに見えていた富士山は、黒い影になっていた。

現実の山というより、遠い記憶の形みたいだった。

 

一週間後、ぼくは別の場所に立っていた。

見晴らしのいい高台だ。

 

視界を遮るものはない。

関東平野が静かに広がっている。

 

その向こうに山並みが浮かんでいる。

富士山。

大山。

そして連なる丹沢山地。

 

太陽はまた山に触れた。

でも先週とは、ほんの少しだけ角度が違う。

地球が回っている証拠だ。

 

太陽はまた沈む。

そしてまた、あの短い時間が来る。

黄昏。

 

空はオレンジから群青に変わる途中で、少しだけ止まる。

世界が息を潜める。

 

その瞬間、ぼくはふと思う。

 

この世界のすぐ隣に、もう一つの世界があるんじゃないかと。

 

普段は見えないだけで、

太陽が沈んだあと、ほんの刹那だけ、

二つの世界の境界が緩む。

 

ビルのあいだの横浜と、

広い平野の向こうの山の世界。

 

あるいは、もっと遠いどこか。

 

もしかすると、その境界で、

ぼくらは一瞬だけ、

別の時間や、別の記憶とすれ違っているのかもしれない。

 

太陽は完全に沈んだ。

山は影になった。

 

空はもう夜に近い。

 

境界は閉じる。

世界はまた普通に戻る。

 

ぼくはポケットに手を入れたまま、少しだけ空を見ていた。

 

特別なことは何も起きなかった。

 

でも、ほんの一瞬だけ、

世界の向こう側が見えた気がした。