はじめまして。そうくん(仮)です。
簡単な自己紹介をします。
小学生時代は、「落ち着きのない子ども」「集中力のない子ども」と言われましたが、低・中学年の勉強内容にはほぼ支障がなし。高学年になると図形問題の意味が理解できなくなり、初めてテストで10点を取る。親が不安になり、近場の塾2か所に通わせる。
中学時代は、更に勉強がわからなくなり、塾に通いながらも200人中190位を取る。
そこから、母親のスパルタ教育が始まり、毎日5時に起こされ、問題集の答えをノートに赤字で30回ずつ書かされ、学校ではいじめにあう。
途中でうたた寝をした場合は、怒鳴られて起こされる。この頃の母親は怖かったな…
中学1年の3学期で勉強の容量を掴み卒業まで、なんとか200人中100番をキープ。
高校は地元で2番目に頭の良い自称進学校に進学する。
高校時代は勉強に対してやる気が起きなく、200人中190位の日々。
バイトに明け暮れ、友人たちと再会争いを楽しむ。
しかし、民宿のバイトを通し、大学生になりたいと思い、高校3年の夏休み明けから受験勉強に打ち込み、最後の期末では200人中40番を取れるまで成長。
受験の結果は惨敗で、適当に私立大に
進学。
大学時代も、バイト・サークルに明け暮れ遊ぶ日々。ギャル男に目覚める。
大学2年生の時に成人式で再開した友人たちに会い、自分の将来の危機感を感じる。
将来のことを悩んだ結果、何故か学校の先生になろうと思い、編入試験の勉強。
第一志望の国公立大は落ち、なんとか中堅大の教育学部に滑り込む。
編入先の大学では、まじめに学校に通いながら小学校児童養護施設でボランティアをする。
また、大学の授業で発達障害について勉強する。
自分にADHDとASDの傾向が当てはまっていると思い、病院で診断。
見事双方の特性を持っていることが発覚。
しかし、普通に大学も卒業することができた。
大学時代にはカナダへの留学を経験し、地方自治体の試験も2次試験まで通る。
現在は、事務職→営業職→児童指導員として放課後デイサービスで働きながら発達障害について勉強中。
また、社会人になると見た目にも気を遣うようになり、美容や骨盤矯正、食事に気を付け20代前半の見た目をキープしています。
社会人になっても自分が欲しい情報に関しては、毎日勉強中です。
このブログでは、お家でできる発達障害の支援方法や、これだけは小さい時から付けた方が良い習慣について発信していきたいと思います。
