引っ越してきた優しいご近所さんが「集団ストーカー」に

 

まさかこんなことになるなんて…

1-1.集団ストーカーは最初は本当に良い人でした

 

わたし武田(仮名)は今年で45歳になる男です。

関東地方の郊外で生まれ育ち、そのまま地元で機械部品製造工場の事務員として就職し、老いた両親とともに、実家暮らしを続けてきました。どこにでもいる普通の人間で、可もなく不可もなしの、平凡な人生を送ってきました。

そんな私の人生に異変が起きたのは、40歳を少し過ぎた時のことでした。わたしの住む家の向かいは、数年前から住む人もいなくなり、空き家になっていたのですが、そこにある日、初老の渡辺夫妻が二人引っ越してきました。

渡辺さんは、引っ越してきたその日の夕方に、わが家にも手土産を持って、引っ越しの挨拶にいらっしゃいました。東京都の都心で長年働いてきた、旦那さんが定年退職して、それをきっかけに、こっちの郊外に越してきたとのことでした。

渡辺夫婦は、とても物腰も柔らかくて親切そうな方で、わたしと両親もお会いできて、とても良かったと思いました。引っ越しから数日して、渡辺さんの家の外壁に公明党のポスターが何枚も貼り出されました。それを見てわたしも、

「ああ、創価学会を信仰している方なんだ」と理解しましたが、その後も普通に挨拶をしたり、軽く立ち話をしたりといった近所付き合いを続けていました。特に、比較的歳も近かったわたしの母は、渡辺さんの奥さんと仲良くしていたようでした。

初夏になる頃、その年は三年に一度の、参議院選挙がおこなわれる年でした。渡辺さんの家の外壁の公明党のポスターも、それに向けてか内容と枚数が増えてきているのを、感じました。

ある日、わたしが仕事を終えて帰宅すると、夕方なのに母が珍しく新聞を読んでいました。一面には大きく男性の顔写真と、「絶対勝利へ!」といった扇情的な文字が大々的に書かれていて、わたしはそれが普通の新聞ではないと、すぐに分かりました。

「どうしたの、その新聞?」と母に聞けば、

「お向かいの渡辺さんにもらったのよ。選挙が近いから是非、読んでって」と言いました。見るとそれは、公明党が発行する「公明新聞」でした。さらに母は、

「今度、政治家のえらい先生がいらっしゃって、お話をされるからそれも一緒に聞きにいきましょうねって誘われちゃったのよ」と言うのです。

「まあ、いいご近所さんかもしれないけど、結局は宗教なんだから、ほどほどにね」と、わたしは軽く釘をさしておきました。

しかし、渡辺夫妻との関係は、「ほどほど」では済まなくなって行きました。

1-2.選挙をきっかけに入信勧誘まで

 

渡辺夫妻は、学生時代からの筋金入りの創価学会員らしく、この地域に来ても熱心に活動しているようでした。参議院選挙が近くなると、向かいの渡辺夫妻の家には、近隣の地区から多くの創価学会員たちが集まって会合をやり、渡辺さんがそれを取り仕切っているようでした。

ある日、帰宅すると居間に座っている母が、公明党のチラシをいくつか手に持って、ぼんやりと眺めていました。どうやら、渡辺夫妻の家で開かれた集まりに誘われて行ってきてしまったようでした。その様子を見て、わたしは少し不安になってきました。

すると、そこにわたしの帰宅に合わせるかのように、渡辺さんの奥さんが玄関にやってきました。

「武田さん、今日はさっきまでお仕事で今お帰りですか。ご苦労さまです。今度、参議院選挙があるんですが、お母様にもお願いしたんですけど、是非とも比例は公明党に一票をお願いしますね」と、言ってきました。

「はあ、わかりました」と、私もあいまいに返事をして、軽く世間話をして、渡辺さんには帰っていただきました。

その翌日、わたしが仕事を終えて家に帰ると、わが家の外壁には公明党のポスターが何枚も貼られていて、少し驚きました。家に入り、居間でテレビを見ていた母に、

「母さん、外のポスターどうしたの?」と、一応聞くと、

「お向かいの渡辺さんが、選挙も近いから貼らせてちょうだいって言うもんだから、断るのも気が引けてね。ご近所さんだからいいじゃない」と、言っていました。確かに近所付き合いも大事かもしれませんが、これではわが家が創価学会員の家みたいに見えてしまいます。

それからしばらくして、参議院選挙が公示されました。選挙がはじまってしばらくすると、わたしは休日だったので、家で両親とともにくつろいで過ごしていると、玄関のチャイムが鳴りました。出ると案の定、渡辺夫婦でした。

「武田さん、一緒に選挙の事前投票に行きましょうよ。車で迎えに来ましたから」と言うのです。わたしの家の前には、知らない人が運転するワゴン車が迎えに来てとまっていました。

(ここまでするのか…)と、呆れるやら怖くなるやら複雑な気分になりました。この人たちは一見、優しくて善良だけど、到底自分たちと同じ価値観を持っていないと思いました。

わたしは、「ちょっとまだ家で用事があるので…」と断りましたが、両親は仕方なく、渡辺夫婦の迎えに来た車に乗って期日前投票所へ投票しに連れて行かれました。すぐに終わって帰ってくるだろうと、家で待っていましたが、しかし一時間たっても、二時間たっても、両親は帰ってきません。心配になったわたしは、母の携帯電話に電話しました。

すると、両親は投票を終えたあと、渡辺夫婦の知人宅に連れて行かれて、創価学会への入信を勧誘されていたのでした。年老いた両親を、なかば強制連行しておいて、宗教に勧誘するのは非常識です。これにはわたしも怒りを覚えました。電話を渡辺さんに代わってもらい、

「ちょっと、どういうことですか!? 投票に連れて行くだけだったんじゃないですか!? 無理やり連れて行って創価学会に勧誘するのはおかしいじゃないですか! すぐにうちの親を返してください!」

「いいえ、ご両親様がありがたい仏法のお話しを聞きたいとおっしゃったから、お連れしたんです」と、渡辺さんが反論します。

「そんなわけありません! とにかくすぐに親を返してくださいね!」そう強く言って、電話を切りました。

夕方ちかくになって、渡辺さんの知人が運転する車で、両親がわが家に帰ってきました。両親はすっかり疲れ切っている様子でした。車を運転していた男性に、

「金輪際、こういうことはやめてください。わたしも両親もどこの宗教にも入りません。迷惑です」と強い口調で言いました。相手の男性はバツが悪そうに曖昧な返事をしたまま、走り去っていきました。

わたしは腹が立って、わが家の外壁に貼ってあった公明党のポスターを全部剥がして、グチャグチャにしてゴミ箱に捨てました。両親にも、

「近所づきあいにも限度があるよ。こういうことをするなら、もうお付き合いすべきじゃない」と強く言いました。気の優しい両親は、小さくうなづくだけでした。

2.激高したことで優しいご近所さんとの関わりが一変し……。

 

強い口調で迷惑であると伝えたら…

2-1.「集団ストーカー」嫌がらせが始まる

 

それからしばらくして、参議院選挙も終わりましたが、渡辺夫婦とは顔を会わせても、挨拶をしなくなりました。お向かいさんと挨拶をしないのは、気まずいものがありますが、車に乗って出かけてしまうので、ほんの一瞬のことです。

わずらわしい宗教にかかわることもなく、いつもの平穏な日常が戻ったと思いましたが、それは大きな誤りでした。

ある日、わたしが出勤するため、車に乗っていると、真後ろを車間を詰めるようにワゴン車が走ってついて来ているのに気が付きました。バックミラーごしに、

(あぶないなあ…)

と、思ってみていると、そのワゴン車の運転手は、先日、両親をうちまで送り届けた、「渡辺夫婦の知人」である創価学会の男性だったのです。しかも、わたしが大通りから、細い路地に入っても、ピッタリと付いてくるのです。

(偶然だろうか…)

と自分に言い聞かせるように思いましたが、結局、その男の車は、わたしが会社の駐車場に入るまで付いて来て、わたしが駐車して車を降りるのを確認して走り去っていきました。これには、ただならぬ不気味さを感じました。

その日、夕方に終業となって会社から車に乗って帰っていると、またしても後方から車が付いてくるのが分かりました。バックミラーを見て、朝とは全く違う車種のセダンでした。二人組の男が、ジッとわたしの車を睨んできており、彼らとバックミラー越しに目が合ったような気がして、恐い思いが込みあげてきました。

結局、その車はわたしの家の前まで付いて来て、わたしが家の駐車場に車をとめるのを、徐行で見届けてから走り去っていきました。

車を降りると、向かいの渡辺夫婦の玄関先で何やら作業をしているのが見えました。薄暗がりの中、目を凝らして見ると、男二人が防犯カメラと防犯ライトを玄関の庇の下に取り付ける作業をしており、それに渡辺夫人が立ち会っている様子でした。

渡辺夫人は、わたしに気が付くと一瞬にらんでから、そそくさと家の中に入っていきました。その日の深夜、わたしが寝ていると窓から、チカチカと何度も明かりが入ってきます。眠りかけていたわたしは目が覚めて、窓の外を見ました。

すると、渡辺夫婦宅の玄関に取り付けられた防犯ライトが、思いっきりわが家の居室に向けられていて、人や自転車が通るたびに、ライトが点いて、わたしの部屋にその光が入ってきていたのです。あまりにも露骨な嫌がらせで、眠気が吹き飛んでしまいました。その日は、恐怖と怒りがグルグルと自分の中を渦巻いて、あまり眠ることが出来ませんでした。

翌日、寝不足で起きだして出勤のために家を出て、渡辺夫婦宅の玄関を見ると、防犯ライトだけではなく、防犯カメラも完全にわが家に対して向けられていて、そのカメラのレンズと視線があい、ドキリとしました。防犯ではなく、露骨にわが家を監視して精神的に圧迫しようとする意図がハッキリしていました。

その日も、出勤で車に乗っていると、後方からまた別の車に付け回されるという事態が起きました。帰宅する時も同様です。

ある日は、ゴミ集積所に出しておいたわが家のゴミだけが、何者かによって、わが家の前に置かれていたことがありました。これは非常に陰湿な嫌がらせで腹立たしく思いました。近所で何者かが意図的にやっているのは、明らかだったからです。

そうした日々が続き、ある日、家に帰ると母が、

「あんた、ちょっと最近、変なことしてないわよね?」と、聞いてきました。

「どうしたの? 何かあったの?」わたしが聞き返すと、

「いやあ、近所のおばさんたちが、あそこの武田の家の息子は悪い人間だから、関わったらダメって噂が出ているっていうのよ…」

わたしは即座に、それが渡辺夫婦によるものだと直感しましたが、

「そんなのイタズラみたいな噂、気にするなよ」と、母に言いましたが、内心は両親を不安にさせた存在に対して、激しい怒りを感じると共に、わたし自身も大きな不安に駆られていました。あまりにも嫌がらせがしつこく、度を越していると思ったからです。

そもそも、付きまとい行為はストーカーであり、それを集団・組織的におこなって、嫌がらせをしているなら確実に犯罪だと思ったからです。いかに向かいの家で、ご近所とはいえ、わたしは警察に被害届を出すことに決めました。

2-2.警察と弁護士に相談に行くも……

 

後日、会社が休みの日にわたしは、地元の警察署へ被害届を出しに行きました。わたしが受付で、「ストーカー、嫌がらせの被害を受けているので、被害届を出したい」と話すと、しばらくして担当の警察官が二人やってきて話を聞いてもらえました。二人とも最初は話を聞く姿勢がありました。

しかし、わたしが今までの経緯を話し、「巨大宗教団体の人間たちから集団でストーカー、嫌がらせ被害を受けています」と切り出すと、警察官二人は急に話を聞く態度がそっけなくなりました。

「それって犯人はどこの誰だか分かっているんですか?」と、逆にわたしに聞いてきました。

「おそらく向かいの家の創価学会員夫婦の知人たちです」

「それを、武田さんはどこの誰だかはご存じじゃないんですよね?」

「はい、知りません」

「じゃあ、その渡辺さん夫婦が直接、武田さんに付きまとったりしたことはないんですよね?」

「はい」と、私が答えると、

「じゃあ、そうなると犯人がどこの誰かも分からないし、被害・犯罪事実が明確に特定されていないので、こちらとしては被害届を受けることは難しいですね」と、面倒くさそうな顔をして言うのです。

「でも…」と、わたしが必死に説明しようとしても、警察官からは、「まあまあ、今日のところは…」と宥められ、追い返されてしまいました。

警察署をあとにしながら、高校時代の友人が弁護士になっていたことを思い出しました。わたしは、早速、帰宅してから彼に連絡を取り、後日、彼のいる弁護士事務所へ相談にいくことになりました。

数年前の同窓会以来の再会でした。彼は真摯に話を聞いてくれましたが、わたしが一通り説明すると、

「うーん…」と大きく唸ってから、腕を組んで天井を見上げていました。

「悪いけど、今の現状だと俺は力になれそうにないなあ。付きまとっている人間たちの素性、どこの誰かも分からないし、近所の人に悪口の噂を流したのも、どこの誰かも分からない。そうなると、せいぜい弁護士に出来るのは向かいの家の防犯ライトの向きを変えるように言うぐらいなんだよ」と、申し訳なさそうに説明してくれました。そして、

「ただ、こういうのは『集団ストーカー』とも言われているもので、巨大宗教団体が自分たちの意に沿わない人間に対して、追い詰めるために仕掛けるっていうのは聞いたことがある。過去にも対立組織の幹部の家の電話を盗聴したり、脱会した信者に嫌がらせで付きまとったり、待ち伏せしたりとかだね。証拠を集めるのが大切なんだ」と、アドバイスしてくれました。

3.集団ストーカーの恐ろしさと実態を知り恐怖した。頼りになるのは探偵だった

 

警察も弁護士も頼りにならない…
そんな時に頼ったのは…

3-1.集団ストーカーの実態を知る

 

それからわたしは帰宅して、ネットで「集団ストーカー」について調べてみました。彼の言っているように、過去にもカルト的な巨大宗教団体が、対立する人物の電話を盗聴したり、脱会した元信者に集団でつきまとったり、待ち伏せしたりして威迫し、嫌がらせを繰り返して検挙された事例などが出てきました。まさに、いまわたしが受けている被害と重なるものでした。

また、「集団ストーカー」被害者の手記は、おびただしい数があり、これが現代日本でほとんど野放しになっていることに、わたしは驚愕しました。それらの被害者が、被害を受けるまでの過程を見てみると、

・巨大宗教団体から脱会した

・巨大宗教団体への入信勧誘を断わった

・巨大宗教団体を批判した

・巨大宗教団体信者との交際を拒否した

・巨大宗教団体信者と子供が結婚することに反対した

・巨大宗教団体の新聞購読を拒否した

などなど…こんなことで、そこまでされるのかと思うような、些細なことが多く、またしても驚きました。わが家の場合は、「巨大宗教団体への入信勧誘を断わった」に該当しました。

どの被害報告も、集団によって尾行され、行く先々で待ち伏せされたり、近所に悪い噂を流され風評被害を起こされたり、盗聴や盗撮の被害を受けたり、自宅周辺を不審な人物がうろついたり、近所の家がわざと不快な音を出したり、家に侵入されて物がなくなったり、無言電話や非通知電話がかかってきたり、電磁波で攻撃されたりと非常に多岐にわたるものでした。

そして被害者の手記を読んでいてわたしが感じたのは、「集団ストーカー」をされやすいのは、立場の弱い人間、気の弱い人間、彼ら巨大宗教団体の意に沿わない人間、嫉妬を受けやすい人間が多いのではないかと感じました。

そして、彼らはわたしと同じく、警察や弁護士に相談しても、ほとんど門前払い同様の扱いを受けていました。そうした人たちを「集団ストーカー」で精神的に追い詰めて破滅させようとするのが、彼ら巨大宗教団体が「集団ストーカー」をやる理由でもあったのです。

そうした手記をつぶさに読んでいくと、多くの人が今も被害を受けて苦しい日常を送って途方に暮れていましたが、中には被害を克服した事例の話しもありました。