怖い話 オカルト板まとめ -5ページ目

深夜徘徊

涼子(仮)は大学進学のため、寮に入ることなりました。
その寮は、2人部屋でルームメイトは、幸恵(仮)という20の女でした。
幸恵はどことなく影があり、あまり口を利きませんでした。
風の噂では、数年前に彼氏を亡くしているとのことです。
ある深夜、幸恵はふらふらと部屋を出て行きました。
涼子は、トイレかな?とその時は気にも留めませんでした。
が、深夜にちょくちょく外出することに気づき、しかも数時間帰ってこないので、
だんだん不審に思ってきました。

気になって仕方がないので、幸恵をつけてみようと決心した涼子は寝たふりをして、
幸恵が出て行くのを待ちました。
いつものように、幸恵はふらふらと出ていき、気づかれないようにつけていきました。
幸恵は30分ほど歩き、ある霊園に入っていきました。

恐怖で逃げ出したい気持ちを抑え、幸恵を見ていると、1つの墓に抱き着いていました。
その顔は恍惚の表情で、普段はにこりともしない幸江がニタァと笑っていました。
あまりの恐怖に部屋に引き返そうとした時、枯れ枝をパキッと踏んでしまったので、
すごいダッシュで寮まで戻り布団に潜りました。
数分後、部屋に帰った幸恵は、私の口の近くに手を出し息が荒れていないか調べました。
必死に我慢したので、疑いが晴れたのか幸恵も布団に入りました。
次の日の夜、幸恵は昨日の霊園で首吊り自殺をしていました。
その墓は彼氏の墓だったんです。
涼子は、それから3日ほど幸恵の荷物の片付けなどでバタバタしていたんですが、
日課の日記をつけようと、日記帳を開いた瞬間体が凍り付きました。
血文字でこう書いてありました。

「見たな」

最後のパレ-ド

竹中式マトリクス勉強法

やさしいオジちゃん

220 :名無しさん@お腹いっぱい。:2001/01/13(土) 23:19
ここなら、覚えている人もいるかなぁ・・・
私もウル覚えなんだけど。

犯人未逮捕の事件で
小学3.4年生の男の子が、いつも体にあざを作って帰ってくる。
親が問いただすと「やさしいオジちゃんがいて、そこに遊びに行っている」
とのこと。結局、その後、橋の上から「全裸」で川に投げ込まれていて、遺体で
発見された。 その<やさしいオジちゃん>はどこの誰かも分からず捕まっていない・・・

こういう事件だったんだけど。
私の勝手な推理だが、もう幼児性犯罪のにほひがプンプン。
体のあざは<SMプレイ中>に出来たものか? 何よりも怖かったのは
その男の子がいやがらずむしろ積極的に、何回もその<やさしいオジちゃん>
のところに通っていたということ。オジちゃんに<SM>や<セクース>の
良さを開発されてたのかな。幼い子が性奴隷にされてるのがミエミエの事件
なので、あまり報道されなかったのか。なんか親御さんの気持ちを考えると
いたたまれないよね。

221 :名無しさんは見た!:2001/01/13(土) 23:41
>220 私もうろ覚えなんだけど、それって北関東の事件だっけ?
確か生きてる内に橋の上から投げ込まれた?・・・マイケルジャクソンが
来日したコンサートの舞台の上からその子の事に触れて、悼んだとか・・
別の事件と混同してるかな?間違ってたらゴメン。
それにしても、幼児性犯罪だったなら本当にいたたまれないね。

233 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:2001/01/16(火) 00:19
気になる事件なので、過去の新聞を当たってみました。
そしたら、1987年9月17日付の朝日新聞で、それらしき記事を発見したので、ここで報告しときます。
場所は群馬県高崎市。犠牲者は当時5歳の少年。殺害方法は残忍で、橋の上から生きたまま川底に投げ捨てるというもの。
直接の死因は、顎と胸を強く打ったことによるショック死だそうです。
この事件、どうも普通の身の代金目的誘拐とは、様相を異にしてるようです。
身の代金目的で子供を誘拐して殺す場合、誘拐直後には殺されてるケースが大半です。
ところが、この事件では、犠牲者は暫くの間、生かされてます。
また、胃が空だったことから、食事は一切与えられてなかったことも分かってます。
さらに不可解なのは、死体が全裸で、痣だらけだったということでしょう。
現場付近では、数日前から怪しい中年男が目撃されてたとか。
犠牲者が通ってた幼稚園では、飼育してたウサギの虐殺があったとも書かれてます。
どうも怨恨目的、あるいは快楽殺人のようですね。
ちなみに来年、時効だそうです。生きてれば、犠牲者が20歳を迎える年です。

日本を貶めた10人の売国政治家

16歳の教科書

明かりのついてない建物

550 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/02(土) 23:09:53.75 ID:iTI+FZ6e0
ある地方で大きな地震があった
避難所の小学校で寝ることにしたが人があふれ騒がしくてとにかく暑い
涼みに外にに出ると明かりのついてない建物を見つけた
そこはとても涼しく、静かなので多くの人が横になっていた
これはしめたとそこで寝ることにしたがしばらくして異変に気付いた。静かすぎる

私は建物を飛び出した





    建物は地震で死んだ人たちの一時安置所

100かいだてのいえ

この世でいちばん大事な「カネ」の話

ピアノ殺人事件

53 名前:以下、VIPがお送りします[] 投稿日:2010/07/18(日) 02:08:59.86 ID:bz5WvwI20
 新興住宅地で起きた事件で、新興住宅地の欠陥が現れたものとして、有名なピアノ殺人事件を取上げる。
これは1974年平塚市で起きた事件で、当時大変話題になった事件であり、かつ過去に繋がりのない人々が、団地という密集した形態で住むようになることの、様々な意味を問いかけた事件である。
事件が起きた割りには、そこで提起された社会的意味は、あまり問い直されることなく、
ますます事件の背景になった要因は肥大化してきているようにも思われるので、現在取り上げる価値があるだろう。

 事件の舞台になった平塚の姉崎団地は、県営住宅で、1400戸。
6・4.5・3とダイニングの3DKで、24世帯ずつの60棟ぐらいの集合住宅があり、平塚の郊外に建設された新興住宅地である。

 事件の3日前に、豊川一家は夫婦と子ども二人で、空き家の募集に当選して、引越してきた。その時幸子が小淵と会っている。
 その時のやりとり。
「この上のものだが。近所に挨拶回りはしたかね」
「はい、あのう、一昨日越してきて夕方回りましたけど、上は両方ともお留守でしたから」
「そうか、それならいい」
 幸子はそれからすぐに、子どもの佳子に「エチケットにうるさい団地だわよ。挨拶回りをしないと催促されるんだから」といって、
急いで封筒をもって、上に行き、小淵に挨拶している。
「どうもさきほどは失礼しました。305に引越してまいりました豊川でございます。遅くなりましたが、どうかよろしくお願いいたします。」
「そんなものはいらん。挨拶をすればよい。この下のように、いまだに挨拶に来ないのもいる。」
 その直後の幸子と後被害に会う志津子の会話。
「挨拶回りが遅いって叱られたわ」
「そのくらいのことはいうひと。変人だから、気にしないほうがいいわよ。階段で会ってお辞儀しても、返事もしませんよ」
「誰にでもですか?」
「子どもたちが、おじちゃん、こんにちは、といっても、知らんふり」
「さえ。魚釣りに行くくらいで、家にごろごろしているわね。かおりがピアノを弾くのがうるさいって、奥さんに怒鳴りこませたことがあったわ」
「まあ」
「おたくで、かおりのピアノ、うるさいですか?」
「いいえ。そんなことないわ」
 ピアノの音が聞こえることは分っていて、一番離れた部屋で、テレビをつけていれば聞こえない程度だったが、それを幸子はだまっていた。このやり取りで、団地の人間関係のいくつかがわかる。幸子と志津子は初対面であるのに、すぐに親しくなっている。
しかし、それはある「変人」を媒介にしてである。小淵は幸子に話しかけたことで、実はとても親切にしてあげたという、普段あまり経験しない感情をもって、しばらく心を落着けていたのである。




54 名前:以下、VIPがお送りします[] 投稿日:2010/07/18(日) 02:09:59.91 ID:bz5WvwI20
 被害に会った宇田一家は、1970年の6月に、小淵に2月遅れで、小淵の階下に引越してきた。父親の俊はまじめな努力家の労働者で、嫌な仕事も黙々とするので、雇用主に気にいられるタイプであった。

 妻の志津子は社交的で、彼女が応募してこの団地に入った。
俊の勤め先からは遠かったが、狭いアパートから抜けだしたかったので、大変喜んでいた。
かおりとみどりという二人の女の子がいた。音楽が好きだった志津子は、団地に入ってからかおりにピアノを習わせるようになった。
 事件は1974年8月28日のことだった。

 小淵はこの1週間前にスーパーで包丁を買っていた。

 宇田俊は朝出かけた。小淵はそれを待っていた。俊には体力的に負けるといつも考えていた。
朝からピアノの音がするので、宇田志津子と次女のみどりがごみを出しにいって、
長女のかおりがピアノを弾いているときに、階下に降りていって、まずかおりを刺し、
かえってきたみどりを、残虐な方法で殺し、そして、その後帰った志津子を刺した。そして、その後襖に俊宛ての言葉を書いている。

 迷惑かけるんだから
 スミマセンの一言
 位言え、気分の
 問題だ、来た時
 アイサツにもこない
 し、馬鹿づらして
 ガンとばすとは何事だ、
 人間殺人鬼にはなれないものだ
 その後電話線を切断して、豊田幸子に階段で会うが、部屋に戻ってから逃走した。

くらべる図鑑

資本主義はなぜ自壊したのか

歯医者の怖い話

1982年:東京都八王子市の歯科診療所でフッ素塗布液のNaF(フッ化ナトリウム)とHF(フッ化水素
     酸)を間違えて塗布し、診察台から2mもハネ飛んで幼児急死(4.20)

これ、塗布された瞬間に女児が大騒ぎして暴れだしたので治療していた歯科医が付き添いでそばにいた
母親と助士に女児を押さえている様に言って、母親が押さえつけているところに更に塗布して

筋肉の痙攣で大の大人二人を跳ね除けた上で2メートル吹っ飛んだと言う。。。
歯の神経の痛感ってのは、人体が感じる様々な痛み、つまり痛覚としては、2番目に強力なものなんだよ。
まあ、麻酔がなかったら普通は耐えられない。だから拷問なんかにも使う。

歯にフッ酸塗るとどういう痛みを感じるかっつーと、塗られた歯が全部、末期の虫歯の痛みを同時に引き起こし、
さらにフッ酸が浸透を続ける顎や頭蓋骨の中を通ってる痛感神経も、最大強度の痛感を発信するようになる。


まあ、ここまで強力な痛覚になると、もう脳というか神経系全体が耐えられんわな。
そんで自律系の神経が機能不全を起こし、その端末である各種臓器も不全、いわゆるショック死へ、という流れ。

やっちまった医師が、通夜の席で土下座して詫びて、そのまま脳溢血起こすのも、まあ無理はない。
仮にも医者なら、想像しただけでも気絶したくなるほどむごい状況を、年端もいかない女児を押さえつけて
引き起こしたって事が、まるわかりだからな。自分にゃ嘘はつけないし、誤魔化しも効かんよ。
およそ人が知覚し得る最大限の苦しみを自らの手で与えたって事実からは、逃げようがないわな。

むしろそのへんの知識も想像力もない親は、単に毒を塗られて殺された~くらいの認識だろう。

まあ、愛娘が単に殺されただけでなく、人としておよそあり得る最大限の苦しみを与えられて死んだ、
なんて話は、親には言わんほうがいいけどな…。
かいけつゾロリまもるぜ!きょうりゅうのたまご

子どもは「話し方」で9割変わる