2024年03月のうた 選 | 悠志のブログ

悠志のブログ

ぷくぷくぷくぷくぷくぷく。

 

夜空の雲


月を失くした空が
傷をかくすように眠っている。



烟草の空箱
 

 

ずたずたに踏みつけにされた

烟草の空箱を写真に撮った

私は考えた

ぺしゃんこのその箱は

棄てたそのひとの

踏みつけにされつづけている

ずたずたの人生を

あらわしているのかと

そのひとはいまも元気で

生きているだろうか。



大空


はるかな
田植えうたが
聴こえる

大空はいま
父のくに。


光の痛み

 

 

その枝

針のような枝さきに

光の痛み。

 

 

 

 

 

孤蝶

 

 

水のような空を(およ)ぐ孤蝶

大空へ深く

深く沈んでゆく

消えてゆく、孤蝶よ

あなたは私の母ではなかったか。

 

 

 

光とは

 

 

私は

万物の神に

訊ねたい

 

火とは

何であろうか

水とは

何であろうか

 

ひとは

火とともに生き

ひとは

水なしには

生きられない

 

火は

おそろしく神に似

水も

おそろしく神に似る

 

私は

万能の神に

訊ねたい

 

木とは

何であろうか

草とは

何であろうか

 

木々を

愛し

草を

尊んだところで

私にはわからない

 

ひとは

木と共存し

果実を食し

草を

野菜とすることを覚えた

 

私は

地球に訊ねたい

人間とは

生命とは

何であろうか

 

種の起源を辿り

生きる意味を

探ったところで

私にはわからない

 

暖かい夜を

美しい夜を

私は生き

永らえている

 

太陽よ

あなたが

問に応えてくれないことは

わかっているが

それでも

私は訊ねたいのだ

 

闇とは

そして

光とは

何であろうか

 

宇宙の始まりに

怯え

宇宙の終りに

(おのの)いたところで

 

私には

わからないのだ。

 

 

 

ひかり

 

 

うつくしい闇がひろがっている

うつくしい闇は生きていて

何かを生もうとしている

 

手をあわせていると

目をつむっていても

ひかりが見える

 

目をあけると

そこは闇なのに

目をつむると光がみえる。

 

 


こども

 

 

畑のかたわらの小広くて蒼い処に

こどもが脚をたたみ

朝露にしっとりぬれて

花を摘んでいる

こどもは花を摘みながら

涕いているようにも見える。

 

 

ひかり

 

 

月光が池の水をひからせているが

池の水はひとりでに光っているようにも思われる。

 

 

 

雀の死

 

 

朝の静寂(しじま)のなか

玄関先に

一羽の雀が死んでいた

何が起きたのか私にはわからない

朝の鋭い光が

雀を死なせたのか

夜明けの(はがね)のような冷風が

病んだ命を奪っていったのか

何か魔のようなものが雀をころしたのか

(むくろ)は語らない

春という季節の

何かが

死んでしまったことは

確かだった。

 

 

 

路上

 

 

私が路上に立っていると

春はそれより先に来ていて

まるでそこにいないかのような貌をして

陽炎となって立ちつくしていた

人をころそうとしていたらしく

車に居眠りをさせ

玉突き事故を起こさせた

そこでみていたのは一ぴきの紋白蝶で

私が路上に立っていると

蝶はまるで

そこにいないかのような貌をして

去っていった。

 

 

 

真夜中と真昼

 

 

路に立って上を見ていたら

真上を太平洋が通りすぎていった

真下で入道雲が肘笠雨をふらせていた。

 

 

 

一つのお堂

 

 

霧のなかに

一つのお堂があり

淋しいお堂が

霧をしずまらせてゆく

一つの物語が終わるように

美しい霧が

静まってゆく。

 

 

 

虹をおそれる

 

 

私は

虹を畏れる

光の午後

虹を

世界を

私は畏れる。

 

 

冷たい雨

 

 

お母さん

雨の夜の冷えゆく鋪道を

風が縫うように通りぬけてゆきます

お母さん

もうすぐ夜は明ける

あなたの墓に

冷たい雨は降りつのります

この雨はしんみりと

路地に降りそそいで止みません

  季節は明け方の空を

  翳りながら通りぬけてゆきます。

 

 

 

 

 

夕永き並樹路にしろがねの激しい棒が

無数の冷たい棒が突っ立っている。

 

 

 

彼岸西風

 

 

赤いいろの沁みる

夜明けの門外を

骨のような人びとが

通りすぎてゆく。

 

 

 

詮無きこと

 

 

春が来ると

だれもが

死んでいった人びとのことを考える

答のない問について

考える。

 

 

 

怖ろしい真昼

 

 

松は蒼み

黒く怖ろしい真昼

誰がこんな日をどす黒く塗りつぶしたのだろう。

 

 

 

つらきものを

 

 

静かな、静かすぎる夜を

息をつめ

つらきものを書く

風吹く月夜を

雁の群は帰ってゆく

空のうえは冷たかろうに

彼らは寒きくにへ帰ってゆく

いま午前四時の

柱時計が鳴る

静かな

静かすぎる夜明け前の

息をじっと静め

心はつらきものを書く。

 

 

 

春雨

 

 

美しく静かな銀色がふる

清々しく哀しい銀色がふる

冷たく世界を濡らし

人びとの歓びと愁いのそのうえに

寂しく蒼い銀色がふる。

 

 

 

おぼろ

 

 

闇をあゆめば

おぼろに闇もまたうごく。

 

 

 

巣立鳥

 

 

星の夜の

明けてゆく樹の閑かさよ

  巣立鳥よ。

 

 

 

息づく

 

 

春になると

自然と身のうちから息づいてくるのに

息をすることが

自然のことなのに

からだの芯からくるしくなってくる。

 

 

 

囁く

 

 

私は

息をしたくて

くるしんでいる

 

私は

春になったなら

囁きたいのだ。

 


 

 

 

わが(いえ)

詩であるなら

われは

倖せものだ。

 

 

 

おぼろ夜

 

 

濁りのない雨が降り

空を洗ってくれた

春の夜はひりひりと

すり傷をつくり乍ら、深まってゆく

その静寂(しじま)には

美しいおぼろがある。

 

 

指田悠志