ドラマ「真犯人フラグ」感想 | 悠志のブログ

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ぷくぷくぷくぷくぷくぷく。

 なりゆきで出来事が起きているように見えていたものが、だんだん〈ある思惑〉によって情況が緻密に操作されていることに気づいてくる。前半はあくまでとっかかり。話が進めば進むほど複雑さが増し、乱麻はもつれにもつれてくる。それを快刀によって一刀両断にするのではなく、一つ一つのもつれを、丹念に解いてゆくような展開。

 世論は事件の推理の方向を分かりやすい方へ、分かりやすい方へ押し流してゆく。犯人に一番しやすい人物として相良凌介(西島秀俊)は格好の標的だったのだ。

 恐らく心の弱いひとだったら、もうとっくにバッシングに折れてしまって、命を失くしているところだ。相良が天然だったからなんとか耐えられたのかもしれない。

 その後、相良は世間の〈悪意〉と闘いつづける。けれども彼は孤独じゃなかった。味方になってくれる人がいた。その最大の存在が二宮瑞穂(芳根京子)だった。

 篤斗のサッカーボールをアパートの窓に蹴り入れられた事件。よほど強いボールを蹴らないと(たとえば、リオネル・メッシかクリスチャーノ・ロナウド級のボールでないと割れないのではないか)と思っていたが、実行犯がサッカーコーチとわかって、納得。彼だったら、たとえ4階であっても狙ったところへ強いボールを蹴り入れられたはずだ。

 それにしても、前半を越したあたりからか、先の読めないできごとによって、それ以前からか延々と醸し出されてきているのは、人間の心をはみだして、まるで事件そのものが得体の知れない怪物のような〈存在〉になってきていること。人間の心はある意味弱いが、何かに執着するとか、とりつかれるととてつもない怪物にもなる。それを今作品は20回に及ぶ連続ドラマで表現していたように感じられた。また、作者は、各人の見解の不一致が、話をおかしくさせることを描いているようでもある。

 このドラマの中に、林の上司・井上幸作が何者かによって暗殺された〈失踪事件〉がサイド・ストーリィ的に描かれている。この件、事件にすらなっていない。天網恢恢疎にして漏らさずというから、いずれ事件は明るみに出ると思うが、迷宮入りであろう。企業間に渦巻いている陰謀の匂い。強羅誠のからんだこの事件は社会の暗部を示していて、もっと強くこの話を前に出しても面白かったろうと思う。というか、この、闇から闇に葬られた事件の方が、できごととしてはるかに恐ろしい。彼を殺したのは誰なのか。誰の差し金で、これが日の目を見たら、新たに殺されるのは誰なのか。考えれば考えるほど恐ろしい。

 光莉の拉致された柩は何処にあったのか。斎場の倉庫だとしても、本木陽香だけが出入りでき、光莉を誰の目にも留まることなく、どうやって部屋の浴室まで運べたのか。それと凌介の部屋の冷蔵庫が開きっぱなしだと警報ブザーが鳴る式の製品だということを、なぜ河村が知っていたのか。不可解な点は結構ある。

 とにかく、前半のショッキングかつスリリングな展開もそうだったが、話が濃すぎるために後半の真相篇の密度も半端ではなかった。けれどもそれも19話まで。批判的なことをちょっと言わせてもらうと、最終20話では真相が明らかになるが、こっちの期待が大きすぎたせいで拍子抜け。全20話のなかでいちばん緊迫感に欠けた演出になっていたのは残念である。

 事件というものは、裁判で初めて真相が明らかになるものだ。容疑者の逮捕の時点で、報道によって事件の全貌が見えてしまう犯罪・事件など、面白くもなんともないと思うが、どうだろう。

 これはドラマ評というより、僕自身の勝手な感想なのだが、このドラマ、3件の失踪ではなく、娘の家出だけが起きただけなら、相当中身の濃い、掘り下げの深い人間ドラマになったのではないかという気がする。娘や息子の生い立ちや、息子の真実が露見しての篤斗の苦しみ・悲しみ、その描写、もしかしたら光莉に痛恨の過ちのような出来事が起こるかも知れないし、真帆がもうこれ以上生きられないと思う出来事が起こる可能性だってある(たとえば精神を病んで入院沙汰になるような)。そう、社会的な事件なんて起こらなくても、家庭内では毎日心を揺さぶられるような出来事がドッカンドッカン起きているのだ。そっちを描いたほうが、断然物語は面白くなる。このドラマで描けなかった点はまさにそこだ。「真犯人フラグ」はそういう物語の美味しそうな処には一切触れず、家族の核となる問題に正面から向き合わず、事件に逃げ、花火ばかりドカドカあげて、ストーリィの上っ面だけ撫でて終わってしまった。

 だが、しかしである。原案の、秋元康の描きたかったのはホームドラマではないだろう。いちばん言いたかったのはSNSにおける、いわゆる〈デジタル・タトゥーの怖さ〉じゃなかったろうか。言わば、事実の存在に目をつむり、憶測だけを信じてさらに噂が怪物化してゆく、流言蜚語の怖ろしさである。この、SNSに書かれた多くの誹謗中傷にみちたコメントの多くは、消されることもなく、〈事実〉のようになって、あるいは贋物の〈事実〉として残ってしまう。その怖ろしさなのだ。

 評価:Bプラス(☆☆☆☆)

 

 出演者の演技について。

相良凌介を演じた西島秀俊。心に表裏の無い善良な小市民。彼が演ずる相良はこんな印象であるが、演出のせいでそれが色眼鏡で見られると、こうも兇悪犯のように思われてしまう皮肉。それを、苦しみながらあらわしている、彼の演技は終始ブレず、最後までよき夫、よき父を演じていた。ことにこのドラマの彼はぐっとこらえたり、我慢したりする場面が多い。見ているのもつらい演技だが、観客には彼の無実は痛いほど伝わる。それゆえに彼の内面に観客は感情移入させ易い。いい演技だと思った。

 二宮瑞穂を演じた芳根京子。殊にその存在感の強さが目を惹く。目立つのだ。きっぱりとしていて、思いきりがよく、潔い。場がざわざわしている時、いつも彼女は〈鶴の一声〉のようなセリフを放つ。その一声で場内があたかも一喝されたかのように静まりかえる。そういう場面が幾度あったかわからない。その鮮やかさにハッとさせられる。彼女はヒロインであり、観客の中には真犯人は彼女ではないかと怪しむひとも大勢おられたようだが、主人公を〈ネコソガレないように〉ひたすら支える役。ドラマが進むうちに、いつの間にか中心人物になっている。こういう展開は彼女の真骨頂である。

 菱田朋子を演じた桜井ユキ。サイコな演技の時と、正常な時と演技を使い分けており、観賞していて、随分視聴者として振りまわされた。ドラマを面白くしてくれた一人である。

 河村俊夫を演じた田中哲司。彼は劇中であまり存在感がないダークホース的存在だった。だから、犯人だと分かった時は驚くには驚いたが、もう少し印象的な演技をしてくれてもいいのではないか。彼はそれが無理なくできる、〈怪優〉ゆえに、残念でならない。演出家の演技指導がいけなかったのか。それとも体調でも悪かったんだろうか。

 本木陽香を演じた生駒里奈。ネットで誰かが演技を褒めていたが、甘い。本木陽香は毎回あの面相をしていればいいので、難易度はさして高くない。ただ、本木陽香の妄執に近い言動はドラマの猟奇的側面を代表する演技であると言える。

 木幡由美を演じた香里奈。永いこと第一線から遠ざかっていたが、近年になって復活してきた。元々うまい女優さんだが、今作では随分大胆な役回りを演じたものだ。女の怨念・執念を毒蛇のようなまなざしで演ずる彼女は、もはやかつてのイメージを完全に払拭している。

 強羅誠を演じた上島竜兵の存在感が、後半、画面からのしかかってくるようで、恐ろしかった。この顔でPTA役員。警察も迂闊に手を出せない人物という設定だけでなく、この謎めいた演技が、この世の暗黒の部分を垣間見せているようであり、彼の仕事を見たくないというか、ぞっとするような人間性を匂わせていて、見るたびに寒気がするほどであった。

 猫おばさんを演じた平田敦子。体格からして迫力があるが、彼女自身、演技を愉しんでいるように見え、それゆえの不気味さが面白かった。何というか、日中であっても、彼女の身の周りだけ、暗黒が渦巻いているように見えた。彼女の飼っている猫たちも、何か〝魔物〟めいていて怖かった。

 太田黒部長を演じた、正名僕蔵。キモイし、傍に寄ると何かいやな臭いがしてきそうな演技は、たぶん彼にしかできない。殊に前半の、事あれば相良を辞職させようと画策する、卑劣な男である、人間として風上にも置けない男が、〝アフロディーテの下僕〟であることがばれ、カツラを剝いだ途端に、善良な上司に様変わりしてゆくあたり、ひどく可笑しかったり、気の毒にも思えたりもした。

 阿久津刑事を演じた渋川清彦の演技が面白い。「はい?いいえ?どっち?」という例のたたみかける言い回しは、当初のサスペンス展開の中で、相良を追いつめる〈声〉を代表していた。それがだんだんユーモアに代わってゆくのが、面白かった。演技によって変わるドラマの表情が興味深い。