健全という美名のもとに …
三十路半ばを前にして、私は仕事か結婚かの選択に迫られていた。
結果、私は結婚を選択した。
子どもを健全に授かるギリギリのところにいたというのが最大の理由。
二刀流が望めない私には辛い決断だった。
兄が勧めたり、健全とされるお相手のホトンドはワタシを有力な労働力として期待していた。
私を一個の人間としてでなく、より高みを目指すための駒でもあった。
上昇志向強い、互いの協力の下より豊かな生活を求めていた。ソコには豊かさも自由な発想は感じられなかった…。そんな郷土の空気になじめなかった私。
お寺の長男とお見合いしたときも、お相手はとても好いヒトだったけど…私に求められたのは、義母となるヒトの一言。
お華お茶のお免状持っておられるのだし、英語教室から、ここで着付け教室も開けますわね…私に期待するモノが解った瞬間だった。
私は貴方たちの駒ではない!自由でありたかったのだ。
どんな貧乏でも良いと自由を求めて飛び出したのが間違いの元だったのかも…と今にして想う。
でも後悔はしていない。
自分で選んで歩き出した道ですもの?!
どこかで聴いたセリフに…。
飛び出さなかったら、今の私は無かったから。かなり邪魔された半生だったけど、ワタシらしく生きてこれたから、ホントこれで良い!
成功とは、
自分の達成度のことだ。
他人を気にする必要は全くない。
イアンソープ