Dirty daddy
昔の日本では、父の事を「おっとう」、これは「とー」に"お"をつけ丁寧な言い方になったと言われている。また、「おととさま」という言い方もあった。それから、「おとっさん」になりそれが「お父さん」なったのは、明治36年に国定教科書に記載されてからだそうだ。因みにパパという言い方は明治中期から日本の貴族の間で流行りだしそれまでは、「おもうさま、(御父様)」て言われいた。これは、あるあるだと僕は思うんですが、息子や娘に「ダディ」て言われたくて無理矢理言わせてたりしてませんでしたか?ほら、郷ひろみさんが「ダディ」て本を出してたりして僕もまだ3つ4つになる息子と娘にダディて無理矢理言わせてました。ダディと言わないと反応しなかったり、何も買ってあげないとか言ったり、自分の願望を現実化するためには理不尽さも正当化させる親のエゴの極みなんですが、彼らも慣れない言い方に戸惑いながらも言っていて、半年もしたら当たり前に「ダディ」て自然に言うようになりました。それから小学生2年生くらいになるまで僕のエゴにつきあってもらったんですが、ある事がきっかけで言うのをやめさせました。あれは、夏休みに何も計画してないから、プールぐらい連れて行ってやろうと家族で行った時の事でした。流石、夏休みと言わんばかりにプールは大繁盛で、水面に人の頭が、びっしり。えっ?人の頭で泳ぐの?って言ったらぐらいでした。まぁまぁ、それでも、若いビキニの女性とかもチラホラいてこれはこれで有りかと思ってました。とりあえず、目に焼き付けて後で脳内再生しよう。と僕の胸も膨らんでると嫁が股間を膨らませる暇あったら浮き輪でも膨らませてこいと、なんか上手い事言われたのでやってやるかと子供のを最初に膨らませてから自分のをやってたら、もう子供は泳ぎたくてたまらないから、バッと浮き輪取ってダーーッて走ってプールに入って行ったんです。まだ、待てーって全然聞くわけないし、後で自分の膨らませてから行けばいいかと、その辺探すけど全然いないのな。てか、人、大杉てやつで、いたーーッ!て思って行ったらもう全然、違う子供で、「なんやおっちゃん?オラと遊びたいのか?」て、水でかめはめ波打たれたりして、、、クソガキが!と水中戦でパンツをピーンッて、掴んで離して、でも水の中だからそんなパチンとかはいかなくて、流れるプールだったんで、そのクソガキも見失って、あれ?て思ってたら後ろから「ダディ!ダディ!」て僕を呼ぶ声。運命の出会いてやつですよ。こんなに大杉蓮の中、探しあててくれてありがとうと満面の笑みで振り向くとモノホンの外国の子供がいるのな。ダディと呼んでるとモノホンになるの?てなるはずなくて、僕の前にいたのが、モノホンのダディですよ。oh!ですよ。 どうりで今日は、ネイティヴに呼ぶなーとは思ってたんですけどね。そしたら、そのモノホンの後ろでモノホンの僕の子供がいるわけですよ。ちょっと、ちょっとニセモノやんと心の中で笑ってると目があって、今にも僕を呼ぼうとしてる。心の中でダメや!呼ぶなーーッて思ってたら声に出てたんでしょう。「ダディて呼ぶなーーッ!!!」アホですよ。まぁ、うちの子ですからこれまたアホですよ。「なんでーー呼んだら駄目やとーーッダディーーッ!!!」なんか、視線を一斉に浴びた気がして、モノホンの外国の方なんかわけわからん英語話して失笑してる気がして、言うても、ちょっと顔の濃いコテコテの九州男児ですよ。ダディて、あんたですよ。めちゃくちゃ恥ずかしくなってきて、、、ガッて子供掴んで、プールから上がってパラソルの下でサキイカ食ってる嫁に「帰るぞ」て、嫁、はぁ?ですよ。無言で帰り支度してる僕と、泣いてる子供。それ見て嫁が、どうした?てしつこく聞いてきいてくるから「本物やー!!本物のダディがいたんじゃ!」また、嫁は、はぁ?ですよ。わけがわからないでしょうね。でも僕は、なんでも買ってやるからと子供を促し嫁を連れて出ました。プールから遠ざかるにつれて僕も落ちついてきて、嫁に説明。嫁、爆笑。ですよ。途中、二階建てのレンタルショップでDVD借りるて言うんで、僕は下の本屋さんで待ってるとあったがな。カッケーよ。ひろみ郷は。その日から、僕はダディじゃなくなりました。お父さんです。