そこに二人がいたから*『麗しのサブリナ/EXCITER!!』東京公演 |  *so side cafe*

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元宝塚歌劇団雪組、壮一帆さんの現役時代の記録。ただいまシーズンオフ。

【今ごろ観劇レビュー】10月14日

平日最後の夜公演。

「盛り上ってますよー!」

と、世界のどこかにいるであろう、花組ファン、えりたんファンに向かって叫びたい衝動にかられた。

だってもう最終ターン。

ラストの土日は、演者も観客も突っ走るから(笑)、ラストの平日、木金は、気分的にいちばん充実した観劇ができる。ファンとしては、はずせないところなのだ。

じっさい、みんなの芝居がすごくよくなっているのを感じる。

これほどまでにリピートして観るのは壮さんのいる舞台だけなので、ほかの組のことはわからないんだけど、Davidなんか、ここにきてそうなりますか? って聞いてみたくなるくらい、セリフのニュアンスが変わったりして……

あれ、なんだろうね。すごく不思議。なぜ、こういうタイミングで、そうなっちゃうんだろう(まったく目が離せない人だ(笑))。

千秋楽へのカウントダウンが始まると、とつぜん見えてきたりするものがあるのかなあ。役への愛着が極まるのと、シンクロ度が高まるのとで、情感がさらにこもり、同時にとっても自由になっていくのかなあと想像したりしています。

「愛してるんだろ?」

Davidの声がやさしすぎて、うるんとくる。
この八文字に、ライナスへの思いがぎゅうと詰まっていて。
なんで、こういうこと言うときの壮さんって、あんなにやさしいんだろう。

もうーーーー、いい弟だ(ライナスも、目でそう言ってくれてるよね)。

Davidはサブリナのこと、けっこう本気で好きだったと思うんだけど。でも、なんてっったっってDavidだから、自分を見ていてくれない娘を愛し続けるなんてことは無理だしね(笑)。それに何より、ライナスのことが大好きだから。

たぶんDavidにとってライナスは、自分以外でいちばん好きな人(笑)。だから、ほんとうだったらありえないこの結末も納得なのだ、Davidとしては。

いろいろ考えて、サブリナをライナスのオフィスに行かせ、ライナスを船に乗せた。最高の笑顔を添えて。

ライナスだって、Davidにあんなこといわれたら、もう行くしかない。だって、ライナスをオフィスに縛りつけていたのは、Davidの存在があったからだと思うから。
(そのわりには、シャンパングラスを仕込んだりして…と思われるでしょうが、あのときは、まさかDavidが本気だと思ってなかっただけかも)。

二人の男と一人の女の子がいて、両方が身を引こうとする。「相手の女の子を思って」ではなく、「兄は弟を」「弟は兄を」思ってそんな行動を取ったというところが新しい。

でもこれ、「そこにゆうさんと壮さんがいたから」そういうことになっちゃったんだと踏んでます(笑)。うん、そうだ、きっとそうだ。

脚本に書かれていることや演出意図を超えたものを、あの二人は表現していた。たぶん無意識のうちに。ゆうさんと壮さんの間にある愛(と、とりあえずいまはそう書いておく)が、ライナスとDavidの兄弟愛にうまくシンクロして、結果、あんなにいい場面になったんじゃないかな。

たぶんこの回だったと思うのだけど、壮さんDavidが、ライナスを殴りにララビー社に乗り込むシーンで、いつもと少し違って、本気で怒っているように見えたことがあった。Davidからリアルな怒りが感じられて、なぜかドキドキしたし、殴る場面も殴られる場面もやっぱりリアルで、そんなだから、その次の場面での「愛してるんだろ」が、せつなさ倍増だった。

それで気づいたのだ。

殴って、殴り返されることで、ほんとうに気づくことってあるんだと。青春ドラマのベタなプロットとしてしか認識していなかったけど、ほんとうにそんなことはあるんだと。

少なくとも壮さんのDavidはそうだ。たぶん、サブリナのことはけっこう本気だったに違いないのに、ことの次第を知ったときに、Davidはホントに感情をリセットしちゃってるんだと思う。

「抜糸した。新品同様だ」というセリフがいつも笑いを取っていたけど、あれって、そのセリフがあまりに壮さんを表していて、あの笑いにつながったのじゃないかしらん。

そうなの。壮一帆はいつだって、新品になれる(笑)。
どんなに挫折者を演じたって、くじけそうなことがあったって、決してそれを舞台に持ち込まない。「忘れる」こと、「捨て去る」ことを知っているのだ。

忘れる力。これは舞台人にとって、すごく頼りになる能力なんじゃないかな。

たとえば、すごく気持ちのいい演技ができた日があったとする。すると、たいていは、そのパターンに自ら囚われてしまう。でも、「いい演技」さえ捨て去ることができたとしたら? それって、すごく勇気のいることで、自由で、可能性そのもので、スリリングで、とにかくとても素敵なことだと思う。

映画『麗しのサブリナ』の時代のアメリカ俳優たち――ゲイリー・クーバーやジェイムス・スチュワートもそんな資質をもっていた。そして、カメラの前で自意識を捨て去ることのできる彼らは、才能ある映画監督たちに愛され、たくさんの傑作に出演している。すぐれた作品を作ろうとしたとき、俳優の自意識ほどやっかいなものはないからだ。

壮さんも、そんなアメリカ俳優たちがもっていた忘れる力、捨て去る力をもっていると思うのです。

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まあ、でも、セリフや歌詞を忘れちゃうのは困りますが(笑)。

Mr.SOはこの日、「誰もーがーキレイになーるー チェーンジボーックス」という歌詞を、「誰もが美しくなーるー」と歌っていました(笑)。

「キレイに」と「美しく」。でも、確かにまぎらわしい(笑)。お稽古の最初の頃に間違えたりした箇所なのかな、なんて想像。

そんなわけで、観劇レビューのはずが、いつのまにか壮一帆サンの「免疫力」の高さについて語ってしまいましたが(笑)。

ライナスの心だって溶かしちゃう、Davidの笑顔に乾杯!