明日は早いので簡単に。
いい千秋楽でした。
大劇場に行くときはいつも旅行者気分で、じっくり見られる東京公演のときとは違って、見方もたぶん旅人的。舞台が少しずつ変化している流れを知らずに、ピンポイントで観劇したときの感想だけを書くので、ズレたことを書いているかもしれないのですが、楽の芝居がとてもよく、ショーが盛り上がったことは間違いないと断言できます。
芝居がほんとによくて。この筋書きに納得できない、すれっからしのわたしの心を見事に動かしてくれました。
(あ。この場合の“芝居”というのはもちろん、“演技”という意味での“芝居”です。と、少々の毒を…)
みんなのすべてのセリフに、誰かをたいせつに思うあたたかい気持ちがこもっていました。ラストのトマスのセリフもすごく伝わってきた。
わたしにとっては納得できないラストですけど、それでも芝居を見ている間は、十分に納得させられていました。トマスの心情に、トゥスンの思いに、イブラヒムの悩みに。
兄弟対決の場面が、初日あたりに見たときと較べて、ほんとうに熱く心が通ったものになっていっていると思いました。アノウドに心情を語る場面も、トマスの気持ちが伝わってきました(それでも、アノウドのその後を神にゆだねているところが気になりましたが。一度ならぬ、二度もですから(笑))。
でも、いちばん心が動いたのは、ラストにいう、トゥスンの二度の「トマス…!」でした。
思いを語った言葉でも、いわゆる名台詞でもない、名前をひとこと呼んだだけで、思いを伝える。これってすごく難しいことだと思います。
『愛と死のアラビア』のなかで、トゥスンはいろんな人から、名前を呼ばれます。トマスから、ベドウィン騎兵隊の兵士から、ザイドから、母上から、父上から、イブラヒムから。
で、なぜか、誰がトゥスンの名前を口にしても、うれしくなってしまうんですよね。誰かが「トゥスン」と口にするとき、例外なく愛が感じられて。愛の表現方法はそれぞれさまざまですが、自分の好きな人が愛されていると思えることは、しあわせなんですね(笑)。
トマスの慈愛に満ちた、言い含めるように言う「トゥスン」も大好きですが、「女々しいぞトゥスン」とか、「そんな女みたいなマネをするんじゃない」とか言われちゃう場面も、個人的に大好きです。とくに父上にトマスの命乞いをして一蹴されるところ、大好きです(笑)。
思わずベルばらで、ブイエ将軍に逆らったオスカルが、父上から「馬鹿者!」と平手打ちされる場面と重ねてしまい、壮さんのオスカルを妄想してしまいます(笑)。
オスカルが「女のくせに」とか「女」扱いされる場面がわたしは好きじゃありません。が、なぜか壮さんのオスカルだったら、この場面を見たい!(笑)
んー。なんでだろう。Mな壮さんを見たい、というのとはちょっと意味あいが違う。演じてる壮さんがMを感じさせるんじゃなくて、壮さんって、観客のMごころを充たしてくれる傷めつけられ方が上手いとわたしは思っているのですが(書き方がわかりにくいかも)。共感を得られるものではないかもしれないです(笑)。
またしても、おかしなイタイことを書き始めてしまいましたが、トゥスンを見て、ますます壮さんにオスカルを演じてもらいたい思いが募っています。
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ショーは盛り上がりました!
やっぱり、こういうラテン・ノリのショーって、盛り上がってこそですよね。
「ペルラの歌手」の壮さん。客席からの大拍手を受けて歌う姿は、まさに生まれたての真珠のようで(笑)、キラッキラでした。やっぱりうれしいですよね~。大きな拍手があるのは。
東京公演、盛り上がりますように!
(またショーの感想をさらりと流してしまった)
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貴怜良さん、舞城のどかさんの退団のごあいさつがありました。ふたりとも、特別なことを言っているのではなく、周囲の人に対するごくごく当たり前な感謝の言葉を、静かに話しただけだったけれど、それがよかった。まっとうな感じがよかった。『愛と死のアラビア』の芝居の方向性に似ているなと思いました。
まとぶさんの楽の挨拶も、そんな感じでした。ネタやオチを求めてしまう人にはつまらないものだったかもしれないけど、こんなあたたかさを持ったトップさんはそういないかもしれないと思いました。
で、あいさつに出てくるときのまとぶさん。
真ん中に、すごく大きなスペースが空いているのに、なんか小さくなってマイク前まで歩いてきて(笑)。その姿が愛らししかったです。トップなんだから、もっとエラソーに、がしがし大股で、羽根揺らして歩いてくればいいのに(笑)。でも、そんなところが真飛さんの魅力なんだと思いました。
千秋楽、おめでとうございます。
とにかくひと区切り。東京公演が始まるまでに、ぼちぼち感想なんか書いていこうと思います。