旅する筋肉会社員ソラです。
今回は、私の「旅」のきっかけについて書いています。
病院勤務で高齢者と接する仕事をしていると、戦時中の体験を
伺うことが多くありました。
私が臨床に出た頃は、シベリア抑留や満州からの引き上げなど、様々な
悲惨な体験をされた方の多くが存命でした。
昨夏、シベリア抑留の映画が、人気俳優さんを起用して公開されました。
私が抑留経験者から伺ったお話は、映像にはできないと思いました。
また、日本に帰国するには、
ソ連が定めた身体検査をクリアしなければなりませんでした。
収容所での、非人道的な扱いが発覚することを恐れたためです。
基準に達しなかった多くの方々が、生きているにもかかわらず
復員船に乗船させてもらえずに、異国の地に取り残され
亡くなってゆきました。
軍医やソ連の担当官に嘆願してもなお、戦友を連れて帰れなかった方は、
日本に戻ったあとも、語るに語れぬ収容所体験を、苦しみと罪悪感を、
ずっと抱えて生きておられました。
そういうお話を伺う中で
「戦後50年に△△県◯◯に、◇◇部隊の有志で供養塔を建立した」
「△△県に、兄が乗っていた戦艦◯◯の慰霊碑がある」
という言葉が多く聞かれました。
命あるうちにもう一度行きたいが、この体では、どうにもならない...。
そう仰る方々が、多くいました。
そして私は、考えました。
ならば私が、代わりに行こう。
登山、トレラン、ヒルクライムのために、全国あちこちまわるんだから
皆んなの気持ちを伝えてこよう。
軽い気持ちで始めたのでした。
不思議なこともありました。
トレランの途中で立ち寄った、桜の美しいお寺の一角で
「帝国陸軍 第◯◯ △△隊 慰霊碑」
に出会った途端に、ずいぶん前に亡くなった利用者さまのお顔が
パッと浮かんだことがありました。
次回に続きます。