“その日”


私は仕事から帰ろうと
足早に帰路についていた

 

 




少し日暮れの早くなった
ある秋の夕方
ちょうど肌寒くなってきたころ



少しでも早く家に帰ろうと
駅からの道のりを急ぐ私




なぜなら
今朝から夫の様子がおかしかったからだ






何を言っても上の空

 


それはほぼいつもどおりなのだけど
午前中から連絡がとれない





お昼にも、3時の休憩にも連絡をするものの
いっこうに返信がこない

 

(おかしい)






LINEの既読もつかないまま
私は終業時間を迎え帰路についていた






「今日は金曜ロードショーで
 平成狸合戦ぽんぽこだね!」

なんて話をして家を出た朝だった





嫌な予感が脳裏をよぎる



「考えたくない」

 

 

 


「考えたくない」




そう思えば思うほどに
イメージは鮮明になり



まるで半年前に見た悪夢のように
はっきりと見えてくる




半年前、
夫が変わり始めたころから

 


いつかそんな日がくるんじゃないかと
心のどこかでは分かっていた





“そう”なった友人の話も聞いていた
だからこそ、リアルに考えてしまう




あと5分、
家まであと5分の距離にきたころ
不意にスマホが鳴る


・・・

・・・

・・・

 



「、、、はい、もしもし」




実家の母からだった

心臓が飛び出るくらいビックリした
(タイミングが悪すぎる)




内容は、なんてことはない
「子どもはまだ~孫はまだ~」
という他愛もない話だった




そんな母の話に相槌をうちながらも
無事に帰宅




築30年ほどの古ぼけた2階建てアパート
その2階の一番奥が私達の家だった




昔ながらの外階段をコンコンコンと上がる
2階の通路には3部屋が並ぶ小さなアパート





一番おくの部屋について
私はいつもどおり呼び鈴を鳴らす




「・・・・」




返事はない。

 

 

 

 


夫はどこにも行っていないはず
そんな体調ではないからだ




もう一度鳴らす



「・・・・・」

 

 

やはり返事はない。

 

 

 




“きっとお風呂にでも入ってるんだろう”

 


そう言い聞かせて鍵を取り出した






こんなときに限って
上手く鍵が入らない
手が震えていたからだった

 

 



胸騒ぎで気持ちが悪くなりながらも
いそいで扉をあけて中に入る

 

 

 



玄関のドアを開けると廊下がつづき
正面にリビングのドアがある






ひとけは・・・無い

 

 

 

 

 


もちろん浴室からも音はしない



自分の家にいるだけなのに
「怖い・進みたくない」






そんな想いが人知れず湧き上がる

 

 

 


「できればこのまま

 もう一度出かけてしまいたい」




そんな思いを押し殺しつつ
リビングのドアを開けた






・・・



・・・

 



・・・




5秒だったか
1分だったかわからないが
私は言葉を失った





目の前に
夫は確かにいた。

 




ただ、いつもの席で

迎えてくれる笑顔の夫はいなかった

 




床にうつ伏せになり
まるで事件現場のチョークで書いた

ヒトガタのように


足も手も投げ出した状態で
倒れてた





その周りには
飛び散った錠剤が数十粒

(数えられない)





ドラマなんかで見たことのある
あの状態が目の前に広がっていた






ふと我に返った私は
とにかく救急車だ!と
気づいたときには119番に通報






救急隊が到着するまでは
とにかく名前を呼び続ける




が、反応はなし
正直あたまの中は真っ白だったものの
不思議と冷静に名前を呼び続ける私



(自分は薄情者なのか?

 そう思えるくらい冷静だった)








そうこうしていると
救急隊が到着



脈を確認して声掛け

 


目を開いてライトを当てる
・・・が、反応はなし





普通なら
「まぶしいっ」
となるのだろうけど
本当に反応しないんだ…




不安になりながらも

そんな事を考えてたのを覚えてる




ここで救急隊員の声が聞こえてくる




「でも"まだ"脈はある」




それが私の中の
一縷の望みになっていた





ここで緊張の糸が切れたのか
私の記憶が途切れ途切れになってくる






気づけば救急車に乗り
病院へ向けて走っていた




”子どもはたくさんほしいな~”



なんて考えながら
現実逃避したい自分を
必死に押し殺す



病院につくと
担架をおろして
そのまま処置室に運ばれる夫





どうか・・・

どうか何事もなく・・・

またあの笑顔に会いたい・・・

 


 

 

 

そう思って廊下のベンチに腰を下ろす

 

義母に連絡しようとLINEを開き

 

 



そこで私も力尽きた・・・

きっと

 

"あんな明日"を迎えたくなかったんだと思う



>>>続く