ブログは、不定期になっちゃってる昨今
前回の記事アメトピに掲載されたって連絡きてたー。
きゃーん、ありがとうございます。
さて、
お久しぶりの、写真いっぱい、行った気になる記事でございます。
今年も、国外には行かずイタリアで気楽に夏休み。
この間書いたように上のトスカーナ州南部を、東西一帯行って参りました。
が、その途中に
マッサ・マリッティマに行ってきましたー。
インスタにもアップしたけど、あれは写真が数が限られてるからねぇ。
ブログみたいにあまり詳細書けないし。
という事で、インスタにないこともご紹介するよー。
この町ね、すごいの。
昔、鉱山とかで豊かになった町で、なんと自由都市になって、
自国の通貨まであった町。
それまで使っていた貨幣を変えるってことは、
それを作ったところが怒って戦争にもなりかねない。
それにもかからず、作れたのは、有無を言わせぬ強さがあったってこと。
実際この町は、このエリアの中心的な街でした。
この町に入るのに、中世の壁、シエナ要塞がお迎え。
今も使えるってすごいよね。
門を入って進むと
既に坂がスタート。
そう、この町はひたすら坂。
来るときはスポーツシューズがおススメ。
ってわたくし、サンダルでしたが![]()
この町で、何より有名なのは、
この大聖堂、聖チェルボーネ大聖堂 Catedorale di San Cerbone
フィレンツェのを知っていると、ふーんって感じに思う方もいるかもしれませんが
この町たったの8,200人の街。
そんな小さな町にこの巨大な大聖堂。
これが、圧倒的な存在感。
街に入って、最初に目につくのがこれです。
そして、町の一番大きな広場にあるから、それはもう威厳と重厚感がすごい。
青い空をバックに、この教会見ると「うわぁ!」って感じになります。
この大聖堂、
マッサ・マリッティマ=ピオンビーノ(ここよりもっと北のエリア)教区の大聖堂。
大理石のキラキラ系じゃなくて、静かに穏やかに、
でもどっしりとたたずむ。
半分ピサ様式で建てられているんだけど、石が違うからか印象が結構違う。
ピサの大聖堂の中の説教壇を作ったジョヴァンニピサーノが
マッサ・マリッティマの大聖堂の拡張工事をしています。
1段が結構な高さの細かい階段をのぼって、大聖堂に入るので
高齢者には、結構大変だろうな。
行った時、ちょうどミサが始まったところだったので、
入り口からチラッと見ただけでしたが
1267年の洗礼盤が。
ああ、中も見たかった―。
イタリアの教会は中に芸術品が置いてあるから、
カトリックではない人にとってはある意味、美術館だよね。
街の入り口にあるパン屋さん、Panificio Montomoli
お腹が空いていた我々、リンゴのケーキと
トスカーナ州の郷土菓子トルタ・デッラ・ノンナを買ってたべたの。
と―――――ても美味しかった!
特に郷土菓子が。
リンゴのケーキも普通、スポンジケーキにリンゴが入っている感じで
口の中の水分持っていかれる感じが多いんだけど
ここのは超しっとり![]()
あんまり美味しかったから、
帰る時お店にもう一回寄って賞賛の言葉をかけに行きました。
お姉さま、喜んでらしたわ♪
ここの広場には、中世の建物をそのまま使ったバールがあるので
休憩、ってカウンターで、くいっとですが。
ボスと思われる、ぶっきらぼうな女性はイタリア人だったけど
(我々にだけじゃなくて、常連にもぶっきらぼうだったから性格だな
)
あとは、働いているのはみんな異国の若い子でしたわ。
このエリア、このスプーンなのかなぁ。
他の街に行った時も、この斜めになったスプーンだったの。
大聖堂の向かいには、博物館が。
この建物も1200年代の建物で、元はポデスタ宮殿と言います。
司法長官のお家などを経て今、博物館。
わたくしが行った時は、ドイツ語が聞こえましたし、
オランダの車が止まっていました。
欧州人は来るけど、日本人はほぼ来ない。
日本はお休み長くとれないから、
どうしても電車でさっと行ける街になっちゃいますよね。
ここをツアーに入れるのはなかなか難しいと思うわ。
広場を抜けて奥に向かうと、両側にお店が続く、目抜き通り。
はがきや、食べ物から芸術系までいろいろ。
そして坂
坂
坂。
ずーっと続きます。
入り口とは別の中世の門をくぐるとそこは、新市街と呼ばれるエリアに。
坂の下は旧市街。
でも、我々から見るとどっちにしろ中世の建物なので地区の違いが判らん![]()
のぼりきったところにあるのは、
カンデリエーレ塔 Torre del Candeliere
燭台塔というかろうそく塔という名前なんですが
この塔の上に、火がともされていたからこういう名前になったんですって。
ピサ人が今でいう市長(当時は行政長官)をしている時
見張り塔として建設、現在の3倍の高さでしたが
シエナ共和国に征服された時に1/3の高さに。
15世紀になって、時計や鐘がつけられました。
中にも入れて(有料)、上からマレンマ海岸やエルバ島など絶景が見られます。
14世紀、この塔の裏に、
アーチとつなげられて建てられたのが
カッセロ・セネーゼ要塞 Cassero Senese
要塞の高さと揃えたのかも。
でも要塞の見張り塔なら、高い方がいいと思うのだが。
この後、この町はトスカーナ大公、
そうフィレンツェに征服されていくことになります。
中世、外交と言えば船、
海のあるピサが、当時は四大海洋王国の1つとして強かったですが
何度も周りの街と戦争になり、勝ったり負けたりしつつ
最後にフィレンツェとの戦争で負けて合併されたように。
ピサが3月25日に毎年旧暦の新年を祝うように、
このマッサ・マリッティマも、3月25日新年を祝います。
ピサの影響の方が強かったのかな。
というのも、
ピサ人が市長をしている時に、
・大聖堂の拡張
・見張り塔の建設
・城壁内の給水源をまとめる噴水(のちに穀物庫に)
を作ったりして、街が整っていったから。
このアッボンダンザの噴水 Le Fonti dell'Abbondanzaは、
アッボンダンザ宮殿の中にあって、と言っても無料で見られます。
3つのアーチがある四角い建物で、今は水はありません。
一番左のアーチの壁には「豊穣の木」というフレスコ画が書かれています。
歴史に興味がない方も、街をぷらぷらと歩くだけで
思わず写真を撮りたくなるような場所がいくつもあります。
あ、大聖堂のある広場には、ビッレリア(ビール専門店)があるので、
何か食べつつ飲んだりするにはいいですよー。
フォトジェニックなあまり知られていない街、マッサ・マリッティマでした。
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