「もうやめた」

鍛鍛がいる、とわかるやいなや逃げる。

わたしの取説は「無理は避ける」と書かれているらしい。

 

 

8/26神寄木賀集ゆかさんのブログより

 

幾度でも選び直せると

簡単に「しない」決定をした、実につまらない

「たった一つの何か=可能性(初速度)」は
 

最善最良の「果=具現化」への未知を「裏」に

持つ「表」だったかもしれない。目の前の全てを

「未来永劫ないタイミング」の振るいと 心得よ

 

 

介護施設のお掃除をさせていただいてますが、

思うようにならぬ身体と向き合って一日中ベットで

苦痛に耐えるを日々を送られている方々も少なからずいらっしゃいます。

 

気に入らないからもう「やめた」と投げ出せない状態。

 

否が応でも生かされ毎日を乗り越える体験を余儀なくされる。

 

わたしは衝撃を受けました。そして思考が働きます。

 

おのれは悔いなくこの果を受け入れ超えられるのだろうかと。

 

まだ今なら、おのが決定で鍛錬はできる自由があると思いました。

 

 

本日も読んでいただきましてありがとうございました。

 

貴重なお時間をありがとうございました。