9/3神寄木賀集ゆかさんのブログより
わたし達は目の前に到来した現実が「わたしに様々な反応をもたらす・与える」と、
己を被る(こうむる)側に配置していますが、実際は、個々スピリットの「振動周波数=波動
=固有振動数」が、有機体の「認識・反応」を決めているのです。
という昨日のブログで
わたしは、「隙」だらけの「すっかすか」だったと判明しました。
ある日の出来事です。
姉と私の共通の知人から、ある宗教のお誘いを受けた。
それがわたしだけが誘われ、そして話をきくことになった。
「なんで?わたしだけ?」と思ったが、姉には、それこそ「隙」がないので
跳ね除ける力がでる。
「なんでも受け入れる」ならむしろ逆でないかという疑問は、
「全なる一、一なる全」である個々スピリットが、各々の
今この瞬間の現在地から、「隙間がない構造=宇宙の全ての可能性を受容し満たされて
いる一元フレーム(構造)の無限」へ向かう
からもよみとれるとおもいます。
わたしは、正しいと思う事だけをとりいれている。
逆に姉のように「なんでも大丈夫、受け入れます的な姿勢」ではなく、
道徳教育に従順で人様の迷惑はいけない、あれはだめ、それはどうなという、世間様の
常識にあわせて真面目に生きてきました。しかし、これが宇宙法則ランクの
最下位だったとは、長生きはするものです。
これには正直、「とほほ」反応は否めませんが、知ったことはおおきな糧でした。
隙をつくって、現実をとりこみ、反応して脳内だけで常に忙しい。
実のところ、「ひ・ま」なのに。
よくよく考えれば、「ひま」をもてあまし、現実にいちいち反応して脳内システムを
稼働させて、隙間の寂しさもうめていたのです。
脳内システムを稼働して反応にまみれないために、毎瞬の観察です。
メモしてみていく事をする。夜にまとめてではなく、
毎瞬メモをとるのが課題となります。
今日もお読みいただきありがとうございました。