2009 東大 第一問 原研哉「白」 2021.3改訂

 

ここに示す解答例は、解答自体が全体構成の一部を担っているとい考え方に重きを置き、解答例の並びが全体要約を構成するようなかたちで解答を試みたものです。試案にすぎませんので、その点、ご了解ください。よろしければ→「このページ」をお読みください。

 

(A)本文の構成

 

第①段落(全体提示) 

「白の持つ不可逆性」(紙と印刷の文化が築き上げた美意識)

=ことば・情報の定着に際し高い完成度を求める意識を醸成

 

第②段落(本論①)=「白」の持つ不可逆性

(A)中国の故事「推敲」→設問(一)

=表現を定着、完成させようとする詩人の「逡巡」

(B)(・押印・サイン)

・思索を言葉として定着させる行為        

・習字=白い紙に消し去れない未熟な過失を残す呵責の念

「白という感受性」(過失を許容しない=完成度・洗練を求める美意識→設問(二)

→かつて紙を中心としたひとつの文化を作り上げてきた→設問(三)

 

第③段落(本論②)=現代=インターネットの「知」

文体を持たないニュートラルな言葉・知の平均値→設問(四)

加筆訂正可能・無限に繰り返される更新・確定しないため評価を免れる雑多な情報→過失を許容する=「完成」への美意識は存在しない

 

第④段落(本論③)=一回性に賭ける集中

紙の文化が築き上げた完成度・洗練を求める美意識

=書・絵画・詩歌・音楽演奏・舞踏・武道・・にも共通

→表現の強さ・感動の根源・感覚を鍛える基礎

→矢を一本だけ持って的に向かう集中=「白」→設問(五)

  

(B)論と設問の問の基本骨格

 

設問(一)=意味段落②A=詩人の逡巡=高い完成度を求めるがゆえの逡巡

設問(二)=意味段落②B=高い完成度を求める美意識=「白」の不可逆性によって醸成

設問(三)=意味段落②C=かつての日本文化=【過失を許容しない】紙の文化

設問(四)=意味段落③=現代のインターネットの知=【過失を許容】匿名・書き換え可能

設問(五)=意味段落①~③+④ 

一回性にかける鋭い緊張感・諸道に共通=感動の根源・感覚の鍛錬

  

(C)全体要約と問の役割

(B)の骨格にしたがって、設問の解答を、それをつなげれば全体要約となるように解答を作成したもの。以下、(漢数字)は設問番号。それぞれに「~ということ」「~から」などの解答末尾を付けると解答そのものになる。 内容把握しやすいように、解答例は80字弱とやや長めに作成してある。

 

(一)微細な言葉の差異に神経質なまでに執着しようとする詩人の逡巡は、人が表現を定着させる際に働く、より高いものを求めようとする美意識から生じるものである。(二)(そうした)表現の完成度を求める美意識は、白い紙にものを記した時、一度書けばもはや取り消せないという不可逆性を強く染みこませた感受性に裏付けられている。(三)私たちは白い紙という過失の修正を拒む媒体を使うことで、そこに消し去れない自己の拙さを残す呵責を感じ、表現の一回性に全力を傾ける(美意識を持つ)文化を育んできた。(四)(それに対して)現代のインターネットの知は、情報が責任の主体もないまま絶えず書き換えられる、言わば過失を許容する知であり、無個性で平均的な知しか生み出し得ない。(五)紙の白さを自分の未熟さで汚すことを恐れる感受性は、思索表現の洗練、武道、諸芸術の鍛練において、自らに過失を許さず鋭い緊張感の中で完全を期す美意識を生み、人がその一回性、不可逆性を前に全力を傾ける潔さや感動を基盤として確たる文化が創造された。

  

(D)各設問メモ

 

設問(一) 

「「定着」あるいは「完成」という状態を前にした人間の心理」とはどういうことか、説明しなさい。

■解答の主旨=思索、表現を定着させる際の「逡巡」=高い完成度を求める美意識によって生じる。

■解答のポイント(メモ)

・冒頭の意味段落①をこの設問の守備範囲に含めると考えた場合、設問(一)~(三)が重複したものになってしまい、解答のスミワケを考える必要がある。意味段落①は全体の「序」にあたり、意味段落②の内容の要約的役割を果たしていると考えられるので、設問(一)ではあえてこれに触れず、表現を定着させようとする際の詩人の逡巡の意味に限定した。

・「心理」は直接的には「逡巡」を指し、「逡巡」の原因が「高い完成度を求める美意識の高さ」にあることを説明する。

■解答例

微細な言葉の差異に神経質なまでに執着しようとする詩人の逡巡は、人が表現を定着させる際に働く、より高いものを求めようとする美意識から生じるものであるということ。

 

設問(二) 

「達成を意識した完成度や洗練を求める気持ちの背景に、白という感受性が潜んでいる」とはどういうことか、説明せよ。

■解答の主旨=高い完成度を求める美意識=「白」の持つ不可逆性が醸成

■解答のポイント(メモ)

「白という感受性」が「一度書けば取り消せない不可逆性」への意識であることが説明されていなければならない。それが「高い完成度を求める美意識」の根底にある。

■解答例

表現の完成度を求める美意識は、白い紙にものを記した時、一度書けばもはや取り消せないという不可逆性を強く染みこませた感受性に裏付けられているということ。

 

設問(三) 

「推敲という意識をいざなう推進力のようなものが、紙を中心としたひとつの文化を作り上げてきた」とはどういうことか、説明せよ。

■解答の主旨=かつての日本=白い紙の使用→過失を許容しない文化を育む

■解答のポイント(メモ)

設問(三)「かつての文化」と、設問(四)「現代の文化の在り方」が対立されていることを押える。「過失の許容・不許容」という捉え方がいいと思う。

■解答例

私たちは白い紙という過失の修正を拒む媒体を使うことで、そこに消し去れない自己の拙さを残す呵責を感じ、表現の一回性に全力を傾ける(美意識を持つ)文化を育んできたということ。

 

設問(四) 

「文体を持たないニュートラルな言葉で知の平均値を示し続ける」とはどういうことか、説明せよ。

■ 解答の主旨=現代の「インターネットの知」=主体としての責任も定着を目指す緊迫感もない→過失を許容する知でしかない。

■解答のポイント(メモ)

■ 「インターネットの知」は、「白」の不可逆性が育んできた「過失を許容しない」文化に対立する要素として書かれており、「ニュートラルな言葉」「知の平均値」 は明確にマイナスとして捉えるべきと考える。

■解答例

現代のインターネットの知は、情報が責任の主体もないまま絶えず書き換えられる、言わば過失を許容する知であり、無個性で平均的な知しか生み出し得ないということ。

 

設問(五) 

「矢を一本だけ持って的に向かう集中の中に白がある」とはどういうことか、本文全体の論旨を踏まえた上で、一〇〇字以上一二〇字以内で説明せよ。

■ 解答の主旨=白の不可逆性が育む感性=過失を自らに許さない緊張感=諸道に通じる確たる内実ある「感動」「感性」の源泉。「一本の矢をもって的に向かう集中の中に白がある」という表現は、そうした、退路を断ち「一回性」に全てを傾ける潔さを象徴した表現。

■解答のポイント(メモ)

 主旨としてはここまで書かれてきたことのまとめになるが、ここでは武道や諸芸術などに話題が広がっていること、「感動」「潔さ」などの新しい表現にも注意したい。

■ 解答例

紙の白さを自分の未熟さで汚すことを恐れる感受性は、思索表現の洗練、武道、諸芸術の鍛練において、自らに過失を許さず鋭い緊張感の中で完全を期す美意識を生み、人がその一回性、不可逆性を前に全力を傾ける潔さや感動を基盤として確たる文化が創造されたということ。

 

いい文章だと思う。「ああ、わかる」と思う。評論が苦手な人も、自分が知らなかったことを知ること、知ってはいたがまとまった形として確認できることが楽しいことだと思わせてくれる文章である。引き締まった文体もいい。文章を読むことは、「点を取ること」ではない。そう思うと見えなくなるものがある。「筆者の声」に耳を澄ませ、味わいたい。