■9・「し」の識別
A:識別の基本
「し」の識別で意識したいのは次の3つである。
①サ変連用
②過去「き」連体
③副助詞(強意)
このうち①②については日本人なら自然に理解できる。③の強意の副助詞の見分け方を押えたい。
B:識別のポイント
①サ変連用
・例文:田舎わたらひしける人の子ども(田舎まわりの行商をしていた人の子ども)
・→ 「する」という意味の有無を確認する
②過去「き」連体
・例文:昔ありし家はまれなり(昔あった家はまれである)
・→ 過去「~た」という意味を確認する
③副助詞(強意)
・例文:名にし負はば(名として持つなら)
・★→ この「し」については、強意なので除いても成立するという言い方でよく説明されるが、例えば例文の「名にし負はば」の「し」が強意なので除けるという判断はなかなか難しい。勿論、「し」が単独で使われることも多いが、「しも」「しぞ」「AしBば(例:人しなければ)」「VとしV(例:生きとし生けるもの)」の形で非常によく使われることを覚えておきたい。たとえば「まつとし聞かばいま帰り来む」は「待つ年」と誤解してしまいそうだが、「AしBば」の形で「待つと聞いたならばすぐに帰って来よう」ということである。
C:例文での基本演習
次の各文の「し」を識別しよう。
ア:とかくしつつののしるうちに夜更けぬ
イ:秋の木の葉しも散れるやうにぞありける
ウ:山へのぼりしはなにごとかありけん
エ:天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも
オ:立ち分かれいなばの山の峰に生ふるまつとし聞かば今帰り来む
カ:京に下りし時に、みな人子どもなかりき
キ:我をつらしと思ふことやありし
ク:島隠れ行く舟をしぞ思ふ
ケ:いかにわびしき心地しけむ
コ:来し方行く末も知らず、海にまぎれむとしき
サ:嵐にむせびし松も千年を待たで薪にくだかる
シ:家にあらばけに盛る飯を草枕旅にしあれば椎の葉に盛る
ス:妻子のためには恥をも忘れ、盗みもしつべきことなり
解答
ア=動詞・イ=副助詞・ウ=過去・エ=過去・オ=副助詞・カ=過去・キ=過去・ク=副助詞・ケ=動詞・コ=過去・動詞・サ=過去・シ=副助詞・ス=動詞
D:入試問題に挑戦
■ 次の「し」の文法的説明を選べ。
ア:(強い風が)少しなほりて出でむとし給へば、また同じやうになりぬ
イ:いとあやしくおぼして、もの問ひ給へば、神の御たたりとのみいふにさるべきこともなし
ウ:よろづの杜に額のかかりたるに、おのがもとにしもなきが悪しければかけむと思ふ
エ:なべての手して書かせむがわろく侍れば、われに書かせたてまつらむと思ふ
選択肢
A動詞・B動詞の一部・C形容詞・D形容詞の一部・E助動詞・F助動詞の部・G助詞・H助詞の一部
解答
ア=A・イ=B・D・ウ=G・エ=H
E:記述してみよう!
各文の「し」の文法的説明、識別の理由、全体の口語訳を記なさい。
A:聞きしにも過ぎて尊くこそおはしけれ。
B:「あはれにかたじけなし」と思ふ。
C:寂しさはその色としもなかりけり(まき立つ山の秋の夕暮れ)
D:すずろ事をさへ言はせまほしうしたまふ。
E:(家にあればけに盛る飯を)草枕旅にしあれば椎の葉に盛る
解答
A:聞きしにも過ぎて尊くこそおはしけれ。
・過去の助動詞「き」の連体形
・連用形に接続し、過去の意味が確認できる
・聞いていた以上に尊くていらっしゃったことです
B:「あはれにかたじけなし」と思ふ。
・ク活用形容詞「かたじけなし」の活用語尾
・「かたじけなし」という一語のまとまり
・「しみじみとありがたい(もったいない・畏れ多い)」と思う
C:寂しさはその色としもなかりけり(まき立つ山の秋の夕暮れ)
・強意を表す副助詞
・「し(も)」を除いても文意が成立するから。また「しも・しぞ」という形から。
・寂しさは特にどこが(どういう気配・様子が)寂しいというのでもないことだ
D:すずろ事をさへ言はせまほしうしたまふ。
・サ変動詞「す」の連用形
・「する」という動詞の意味が確認できる
・とりとめのない(つまらない)ことまでも言わせたいとしなさる
E:(家にあればけに盛る飯を)草枕旅にしあれば椎の葉に盛る
・強意を表す副助詞
・「し」を除いても文意が成立するから。また「AしVば」という形から。
・旅にいるので椎の葉に盛る