■5・「に」の識別
A:識別の基本
「に」は次の七種類のことばを識別したい。
①格助詞
②接続助詞
③完了の助動詞「ぬ」の連用形
④断定の助動詞「なり」の連用形
⑤形容動詞の連用形の活用語尾
⑥ナ変動詞の活用語尾
⑦副詞の一部
「に」はもっとも大事な識別。特に➀②④➄の区別には特に注意を払いたい。
B:識別のポイント
①格助詞
・例文:駿河の国にいたりぬ(駿河の国に着いた)
・→ ➀体言、連体形に接続(連体形接続の場合は連体形の下に「時、所」等の名詞が補えることを確認する)・→ ②格助詞の働きとして「に」を含む分節が下の用言にかかっていくことを確認する。
★→基本的には格助詞の「に」は現代語と同じ働きなので、「格助詞」という名前に翻弄されず普通に考えれば間違わないはずだ?。①がよく言われるが、他の「に」との違いをわかりやすく理解するためにも、②の格助詞の働きを押さえるといいと思う。格助詞「に」の働きは、例えば「奈良に行く」のように「に」を含む文節が下の用言にかかっていくことにあり(連用修飾格)、したがって「に」で意味を切ることができない。「下にかかる」というキーで考え、かかっていく用言を探すと良い。
②接続助詞
・例文:涙落つとも覚えぬに(涙が落ちるとも思われないのに)
・→ ➀連体形に接続(連体形の下に時、所等の名詞が補えない)・→ ②接続助詞の働きは「に」の前後をつなげること。「ので・のに・と(たところ)」と訳せることを確認する。
★→①の格助詞の所にも書いたが、接続助詞の働きは「つなぐ」ということであり、三つの訳を当てはめて成立するか否かを確認すればよい。ただし、連体形+「に」が格助詞か接続助詞か見分けが付かない場合は実際には非常に多い。
③完了の助動詞「ぬ」の連用形
・例文:幼き人は寝入り給ひにけり(幼い人は寝入ってしまわれた)
・→ 連用形に接続することが基本的な見分け方であるが、「にき・にけり・にたり」など下に過去完了を伴う場合は基本的に完了と考えられる。
④断定の助動詞「なり」の連用形
・例文:異心ありてかかるにやあらむ(浮気心があってこのようにするのだろうか)
・→ ➀体言、連体形に接続・★→ ②「に」の下に「あり」がある。「なり」は本来「に・あり」であり、下に「あり」を伴うことが多い。ただし「あり」が省略される場合もあり、また「あり」が「侍り・候ふ・おはす」などの敬語に変化している場合があるので注意が必要である。・★→ ③また、「に‐あり」を「である(であろうか・ではない)」と言って内容が成立することも確認する。例えば「犬にありける」は断定だが、「犬、家にあり」は「に‐あり」とあっても格助詞である。下に「あり」があり「である」と訳せるという両方の条件を確認したい。・→ また、「にて(であって)」などすべてのケースで「あり」を伴うわけではないことも承知しておく。
⑤形容動詞の連用形の活用語尾
・例文:なほあはれに情深し(やはりしみじみと趣深い)
・→ 4・「なり」の識別参照:「いと」をつけて意味成立(形容動詞は副詞によって修飾され得る)を確認。
⑥ナ変動詞の連用形の活用語尾
・例文:据ゑなほして往にければ(据え直して言ってしまったので)
・→ ナ変「死ぬ・往ぬ」の一語のまとまり確認する。
⑦副詞の一部
・例文:げにいとあはれなり(まことにたいそう趣深い)
・→ 「げに」から「に」を取ってしまうと意味が成立しないように、「に」を取れば不成立であることを確認する。ただし、形容動詞が副詞化したものはどちらとも言えないケースがあるが、文法問題としては注意を払わずともよいだろう。
C:例文での基本演習
次の各文の「に」は上の①~⑦のどれに該当するか。
ア:朝日はなやかにさしいづ
イ:古都はすでに荒れて
ウ:ま静かに、御局にさぶらはん
エ:家に至りて門に入るに
オ:つらきものにやあらむ
カ:せむかたなく思ひなげくに物語のゆかしさもおぼえずなりぬ
キ:その人の名、忘れにけり
ク:これはしわざにこそありけれ
ケ:馬より落ちて死ににけり
コ:国の守にからめられにけり
サ:涙のこぼるるに目も見えず
シ:さらに言ふことなし
ス:奥山に猫またといふものありて人を食ふなると人の言ひけるに
セ:(女は)待ちわびたりけるに、いとねむごろに言ひける人に、「今宵あはむ」と契りたりけるに、この男来たりけり
ソ:あづさ弓引けど引かねど昔より心は君によりにしものを
タ:まことにただ人にはあらざりけるとぞ
チ:みなを張りかへ候はんは、はるかにたやすく候ふべし
ツ:この俊寛も僧なれども心もたけく、おごれる人にて、よしなき謀反にくみしけるにこそ
解答
ア=形容動詞語尾・イ=副詞の一部・ウ=形容動詞語尾・格助詞・エ=格助詞・格助詞・接続助詞・オ=断定・カ=接続助詞・キ=完了・ク=断定・ケ=ナ編語尾・完了・コ=格助詞・完了・サ=接続助詞・シ=副詞の一部・ス=格助詞・接続助詞・セ=接続助詞・形容動詞語尾・格助詞・格助詞(接続助詞)・ソ=格助詞・完了・タ=断定・チ=形容動詞語尾・ツ=断定・格助詞・断定
D:入試問題に挑戦
1・次の「に」の中で種類と異なるものをひとつ選べ(センター試験)
A:桐院の左大将出だされたりける絵に
B:世は皆夢の中のうつつとこそ思ひ捨つることなるに、こはそも何事のあだし心ぞや
C:笠宿りに立ち寄るべき心地にもおぼしめさず
D:御車に召されて
E:年久しく住み荒らしたる宿のものさびしげなるに、撥音気高く、青海波をぞ調べたる
★→この問題は格助詞と接続助詞の識別を問うている。Eに関しては「の」を同格の格助詞と捉え、「さびしげなる宿に(家で)→青海波を調べたる(演奏した)」と考える。後にある補充問題のG「八重葎」の歌も同様である。
2・次の「に」の説明として適当な組み合わせを選べ。(センター試験)
A:おのづから慰むかたもあるにや
B:ある昼つかた、いとしめやかにて
C:過ぎにしことども繰り返し思ほし出でつつ
D:小さき童女の御前に候ひしを、
選択肢
ア:A接続助詞・B格助詞・C完了の助動詞・D断定の助動詞
イ:A接続助詞・B格助詞・C断定の助動詞・D断定の助動詞
ウ:A格助詞・B形容動詞の活用語尾・C完了の助動詞・D断定の助動詞
エ:A断定の助動詞・B形容動詞の活用語尾・C断定の助動詞・D格助詞
オ:A断定の助動詞・B形容動詞の活用語尾・C完了の助動詞・D格助詞
3・次の「に」の文法的説明を選べ。(立教)
A:月いでにけりな
B:御簾まきあげてはしにいざなひ聞こえ給へば
C:思しいりたるに、(更にくどくど申し上げると)いとどしかるべければ
選択肢
ア 断定の助動詞「なり」の連用形
イ 格助詞
ウ 形容動詞
エ 接続助詞
オ 完了の助動詞「ぬ」の連用形
4・次の「に」を文法的に説明せよ。(東京都立大学)
A:(物語を読むことが出来ないので)思ひ嘆かるるに、
B:いとうつくしう生ひなりにけり
C:わづかに見つつ
D:盛りにならば御車に召されて
E:浮舟の女君のやうにこそあらめ
解答
1=B
2=オ
3:A=オ・B=イ・C=エ
4(簡略解答)A=接続助詞・B=完了の助動詞・C=形容動詞活用語尾・D=形容動詞活用語尾(格助詞)・E=断定助動詞
【補充問題】
次の和歌中の「に」を識別しなさい。
A:田子の浦にうち出でてみれば白妙の富士の高嶺に雪はふりつつ
B:みちのくのしのぶもぢずり誰ゆゑに乱れそめにし我ならなくに
C:月見ればちぢにものこそ悲しけれわが身ひとつの秋にはあらねど
D:契りきなかたみに袖をしぼりつつ末の松山波越さじとは
E:あはれともいふべき人は思ほえで身のいたづらになりぬべきかな
F:しのぶれど色に出でにけりわが恋はものや思ふと人の問ふまで
G:八重葎しげれる宿のさびしきに人こそ見えね秋は来にけり
H:夜をこめて鳥のそら寐ははかるともよに逢坂の関はゆるさじ
解答
A=格助詞
B=格助詞・完了の助動詞・接続助詞
C=形容動詞活用語尾・断定の助動詞
D=副詞
E=形容動詞活用語尾
F=格助詞・完了の助動詞
G=格助詞・完了の助動詞
H=副詞
E:記述してみよう!
各文の「に」の文法的説明、識別の理由、全体の口語訳を記なさい。
A:帝、さうざうしと思し召したるにや。
B:あはれにいとほしきものに思はれて、
C:懐にさし入れて、まかり出でにけり。
D:涙落つともおぼえぬに、枕浮くばかりになりにけり。
E:心なき身にもあはれは知られけり(鴫たつ沢の秋の夕暮)
解答
A:帝、さうざうしと思し召したるにや。
・断定の助動詞「なり」の連用形
・下に「あり」が省略されており、「に」を「である」と言い切って内容的欠損がない
・帝は(何となく)物足りない(心寂しい)とお思いになったのであろうか。
B:あはれにいとほしきものに思はれて、
・ナリ活用の形容動詞「あはれなり」の連用形
・「いと」(たいそう)をつけて文意成立
・しみじみと気の毒なものに(自然と)思われて
C:懐にさし入れて、まかり出でにけり。
・完了の助動詞「ぬ」の連用形
・連用形(未然形と同形だが)に接続し、下に過去の助動詞「けり」を伴う
・懐に入れて退出した
D:涙落つともおぼえぬに、枕浮くばかりになりにけり。
・逆接の確定条件を表す接続助詞
・連体形に接続し、「に」の上下の内容を「のに」という逆接でつないでいる
・涙が落ちるとも思われないのに、枕が涙で浮くほどになった
E:心なき身にもあはれは知られけり(鴫たつ沢の秋の夕暮)
・対象を表す格助詞
・体言(連体形接続でもある)に接続し、「に」を含む文節が「知る」にかかっていく
・情趣を解することのない(出家の)この身にもしみじみとした情趣が感じられることだ