こんにちは。ご訪問をありがとうございます。

 

10年くらい前だったか、私の感受性が大きく開いたことがありました。スピリチュアルな整体を含む、あるコアなセッションを受けたときのことでした。

 

高層ビルの最上階にあるサロンで受けた一連のそのセッションは、最後にその部屋の外の景色を見るようプログラミングされていた。その景色には、その人の特質が現れるのだということでした。たとえばその人がとても興味を持っている世界が風景として現れたりする。側にいるセラピストにも同じようにその情景が見える。セラピストが同様に見えるのは、もちろんその能力があるからで、クライエントの心の世界に波動を合わせることができるからだ。

 

で、私の場合はどうだったかというと、その最上階の部屋の窓から見下ろした世界は、路地裏のゴミ置き場の埃もなにもかもがキラキラと美しく輝く世界だった。何ひとつとしてくすんだり、暗いエネルギーを放っているものがない光景が広がっていたのです。つまりこの世界は本来、隅から隅まで輝きを放っている世界であった。

 

そのころ導かれたように多くのスピリチュアルなセミナーやセッションを受けた中で、私の特質の1つが「感受性」にあることを指摘されることがよくあった。それがこのとき現れたということだ。目の前に広がるその世界に自分でも驚いたが、自分が見ている世界だった。

 

このときのことを思い出すたびに、宇宙のあらゆるものは同じもの(素粒子)でできており、同質なのだということを、自分に確認させることになる。「粗末」な物、「汚い」物など、本当は何ひとつないのだ。私たちの頭がいろんな形や材質をイメージして作り、それらにいろんな意味や異なる価値を与えているだけなのだ。それらは元々同じものからできており、みな同じようにキラキラ輝いているのである。そしてそれは、私たちの心の本質でもある。あらゆる生命の意識の素でもある。

 

 

お読みいただいてありがとうございました。

 



 

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ご無沙汰しています。久しぶりの投稿です。

 

4月に受けた白内障の手術も半年が過ぎ、経過は良好です。

 

現在、3年間、正確に言えば海外に頻繁に呼ばれるようになった4年前からの、旅の記録を書いています。

昨年末に帰国してから骨折やら白内障でこの間、3度も手術になり、なかなか落ちつけなかったのですが、いまやっとぼちぼちと。タオライアーLilly、聖母マリアに導かれた4年間のミッションを、興味のある方に読んでいただける形にできるといいなと思っています。

 

話は変わりますが、最近、素敵な情報が入ってきました。
1974年にスイスのジュネーブ州で住民投票による狩猟禁止が決まり、現在まで継続されているという内容でした。

その環境は、森の動物たちと人々にとってとてもいい影響を与えているようです。

下記はその情報源のアドレスです。ドイツ語ですが、グーグルで翻訳できます。ぜひ読んでいただけると嬉しいです。

ヨーロッパでも日本でも様々な理由で狩猟が行われていますが、この記事を読むと、世界が違ってくるかも。↓

 

https://www.abschaffung-der-jagd.de/.../40.../index.html

 

ジュネーブ州

 

 

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こんばんは。ご訪問をありがとうございます。

 

いきなりですが、8月1日のこと、食器洗い機を開けて深皿を取ろうとしたら、なんと見事に割れた形で姿を見せました。

食器洗い機は乾燥と、そのあと普段使っている食器の保管場所として使っているだけで、そのときはぎゅうぎゅうに入れていたわけでもありません。ゆったり並べてあっただけなのになぜ~?


私にとって何かが壊れるときはその代償に変化が起こるので内心ニヤニヤという感じだったのですが、破片も出ず、合わせたら元の形にぴったり収まるんです。 ​​​で、見れば見るほど割れ方が「陰陽」。そのうち色を付けてみるつもり。

「陰陽」=統合のパワーを宇宙からプレゼントされたようで嬉しくなりました^-^ ちょっと捨てられないですね~。皆様にも共有していただきたいと想います💞

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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こんにちは。ご訪問をありがとうございます。

 

あっという間に7月も終わろうとしていますが、皆さまお元気でお過ごしですか?

日々入ってくるアセンション関連の情報の中、自分の波動は大丈夫だろうか、付いていけるのだろうかと、あせりを感じている方もいらっしゃるのではないでしょうか。そんなときこそじっくり自分と向き合っていきたいですね。

私のスピリットであるアラジャンタからのメッセージをお伝えしたいと思います。

 

       

 

あなたの中にあるもやもや...。

あのとき相手を傷つけたのではないかと。

でもあなたもまた深く傷ついていたのではないですか?

相手は相手の文化であなたの世界に入ってきますから、そのことに氣づいていないかもしれません。

自分を抑え込み、あなた自身の痛みから目を逸らさなくていいのです。

あなたが受けた痛みをちゃんと認めてあげてください。そのとき初めて痛みが溶けて、温かい光があなたを包みます。相手を許すこともできるのです。

        

                            ~アラジャンタ

 

 

 

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こんばんは。ご訪問をありがとうございます。

 

実はもう2か月以上前になりますが、白内障の手術を受けました。

 

子供のころから超ド近眼の上、30代半ばから白内障を指摘され、今から思えばその影響だろう、どんどん矯正値が落ち、ここ2年くらいは日常生活にも支障が出るようになっていた。

 

白内障の手術は失敗すると失明すると、なぜか長年信じ込んでいて、手術自体が怖かった。それと、光の存在から私の潜在意識が「もうしばらくこのままの(見えない)状態でいたいと思っている。理由を知りたければ、内面に聴いてみなさい」と言われ、その理由がわかれば自然回復に繋がるかもしれないという想いがわずかながらもあったことも、手術を躊躇させる事情だった。でも絶対的な「理由」はついにわからないまま、白内障は限界まで来てしまい。

 

昨年11月に半年間の滞在を終えてウィーンから帰る直前、ネットで白内障の世界的権威と言われる赤星隆幸医師がアメリカの大学病院から帰国し、都内の白内障専門クリニックで執刀医をされていることを知った。赤星医師は重症の近眼であった私にとって、もし手術が避けられないならこの先生にと決めていた方。アメリカに行かれていたので、もうチャンスはないかもと思っていたのだけど、タイミングよく帰国されていた。

 

で、日本に帰り、目はますますかすんで...。それでも手術を決意できなくて、12月のテリー・サイモンさん来日のおり、アシュタールセッションを受けました。私の潜在意識がなぜ今のままでいたいのか、知りたかったからです。

 

アシュターは潜在意識のことを話すとすぐ、「レンズを外しなさい」と言いました。「このままではあなたの目がだめになる」と。そして有無を言わさず、「カルマを切りました。今カルマを切りました」と。一瞬ポカンとしましたが、迷いの元はなくなったのだと思いました。カルマの中身については聞かなかったのでわからないのですが。

 

実は今年になってからも受けた、同じくテリーさんのアシュタールセッションでも言われたのですが、私は今世、すべての学びを終えて転生してきており、カルマもすべて取り去って来ているのです。ただ、この肉体の元である先祖のカルマだけは、何度か機会があったときに浄化もしましたが、残っていたのです。

その、目に関わる先祖のカルマに、子供時代からずっと支配されていたということになります。でもそのカルマは自分の意思で持ったもので、だれかに強制されて持っていたわけではないのです。見えないことで得られた貴重な経験もたんさんある。そのことには感謝している。でもかすみが急速に進む中、その潜在意識の中身がなんであれ、もう必要ない、離れたいと思うようになっていた。そのころには手術にはずっと反対していたハイアーセルフもOKを出し、ガイドはむしろ勧めていました。時期が来たんですね。限界まで来ることが必要だった。それが、足掛け3年間のヨーロッパでのミッションにいったんくぎりが付いたときに設定されていたというわけです。

 

奇しくも昨年秋、帰国前に訪れたアイルランドの絶壁で声をかけてくれた、日本人女性がいました。帰国後、都内でお会いしたのですが、その方の家の守護神は慈眼大明神で、でその方は先祖供養の修行をボランティアでサポートされているとのことでした。私は、修行のほうはどうも苦手なのでスルーさせてもらったのですが^^; アシュターがその、先祖のカルマを切ってくれたということです。

 

という経緯で赤星医師に手術を受けました。「大成功する!物凄く見えるようになって、世界が変わる」とアシュターが言っていた通りになりました。

実際には重度の白内障のため大手術だったそうです。せっかくなので、保険は適応されないけれど、乱視を緩和する効果もあるレンズを選びました。強度の近視のため国内には合うレンズがなかったので、ドイツから取り寄せたようです。それは、見えないことで長年しんどい思いをしてきた自分への、ギフトでした。

ちなみにクリニックでは、万一効果がなくても今以上に悪くなることはないし、失明することもないと言われてました。なぜ失明するかもなんてこと信じていたんでしょうね。だれに言われたわけでもないのに。それもカルマの関係?たしかに昔は手術の技術も低かったかもしれないけれど...。周囲の人も、白内障の詳細についてはあまり知らなかったようです 笑。

 

最後に。そのアイルランドで出会った方は、アシュターによると、800年前にアイルランドで姉妹の関係にあったそうです。アイルランドにはとくに関心はなかったそうなのですが、あるとき図書館でもらった本が、開けてみるとアイルランドの写真集で、そのときからなぜかシンクロが続いて、息子さんと一緒にアイルランドに旅行に来る流れになったのだとか。

 

 

 

 

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ご自宅の動物さんに氣を付けてあげてください‼

LIA(自然環境・動物保護団体)によると、6月1日20時から全国で【コロナ終息花火プロジェクト】が予定されているそうです。

毎年、花火の音に驚いて犬や猫が逃げてしまったり、野鳥やコウモリが落ちたり、パニックになった野生どうぶつが道路に飛び出して自動車に轢かれたりと、さまざまな問題を引き起こしています。

また、湖上や河川上に打ち上げられる花火の薬玉から出るゴミが湖内や河川内に落ちます。

更に、通常時の花火大会などでは、来場者によって会場で大量のゴミが発生しており、プラスチック容器、ペットボトルなどが河川や海洋に流出したり、フーセンなどが飛び、糸が野鳥に絡まったり、ポイ捨てされた食品容器や食べものに昆虫が群がり、それがゴミとして昆虫ごとゴミ袋に入れられて焼却されたりと、さまざまな重大な問題を引き起こしています。(LIAより)

 

また、花火のような大きな破裂音は目の前に響く音としてだけでなく、狩猟など、動物たちにとっては過去生時代から殺傷されてきた鉄砲などの音をフラッシュバックさせることもあり、人の意識が及んでいないところでも彼らに大きな苦しみを与えています。「ペット」の動物たちも同様で、野生や野良であった時代の体験が蘇ります。

 

 

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こんにちは。ご訪問をありがとうございます

 

ご無沙汰しています。この間もいろいろ変化があり、またシェアさせていただきたいと思っています。身体的な不具合(胃、昨年末の左手首と肋骨の骨折)と共存しながら、元気にやっています。今年は日本にいます^-^

 

下記はしばらく前にFBで出会ったドイツ語の動画の日本語訳ですが、鳩さんの実情、あまりご存じない方もいらっしゃるのではと思い、ご紹介させていただくことにしました。訳はお世話になっているウィーンの通訳、Rさんの、日本人のパートナーによるものです。 

 togo/videoshttps://www.facebook.com/GutesKarma/378728182712332

 

【すべての鳩ヘイターへ!】

私はパウラ。

私は市街地に住む数千羽の飢えた鳩のひとりです。

私は愛と平和のシンボルとしてあなた達の役に立っています。

それと同時にあなた達は、わたし達に対して激戦を仕掛けています。

あなた達なしでわたし達は市街地に住むことができないということを、あなた達は知っていますか。

わたし達はかつて岩場に住んでいましたが、あなた達に捕らえられ飼われたのです。

戦いのあとわたし達は攻撃力を失い、市街地に移り住むようになりました。

そうしてわたし達の悲惨な状況が始まりました。

わたし達が十分な食べ物を見つけていると、あなた達は思っているのではありませんか。

わたし達は穀物を食べますが、それはあなた達の市街地にはありません。

猛烈な空腹のためわたし達は、あなた達の捨てたものを食べますが、それはわたし達を病気にします。

あなた達は、わたし達の糞は苛性であなた達の家屋を損傷すると言います。

それは違います。

鳩の糞は㏗値で中性です。酸性雨の方がはるかに有害です。

あなた達は、わたし達の糞が市街を汚すと言います。

その通りです。

でも、わたし達の糞は「空腹の糞」です。

誤った食べ物による下痢性疾患です。

あなた達は、わたし達があなた達に病気を運んでくると言います。

それは違います。

そのことは、特にRobert-Koch-Institut(研究所)の調査で証明されています。

あなた達は、わたし達を飢え死にさせればわたし達が少なくなるとでも思っていますか。

それは間違いです。

わたし達はわたし達の食料事情に関係なく増えていきます。

この「強制ふ化」はあなた達が作り出したものです。

もっと真実が知りたいですか。

わたし達の現在の総数の40%は新たにホームレスとなったものです。

わたし達はとても平和的で他者には何もしません。

わたし達はとてもインテリジェントで人間の顔すらも再認識することができます。

わたし達はモノガミーでパートナーを死ぬまで愛します。

わたし達のもとには特別美しい例すらあります。

どうしてあなた達は、わたし達を追い立て、唾を吐きかけ、生きたまま火をつけるのですか。

どうしてあなた達は、このような境遇で生きることをわたし達に強要するのですか。

あなた達の動物保護は、わたし達に対しては終わったのですか。

わたし達は黙々と静かに苦しんでいます。

しかしながらわたし達の苦しみはあなた達によって生じています。

今や責任を取ってもらう時です。

どうか食べ物を与えてください。

わたし達は麦、レンズ豆、鳥餌、加工されていない落花生すらも大好きです。

ハト小屋を作って下さい。

それによってあなた達はわたし達のポピュレーションをコントロールできるでしょう。

あなた達の意見によれば、わたし達はおそらくあなた達の愛に値しない・・・

でも、わたし達はあなた達の尊重に値します。

わたし達も痛み、空腹、苦しみ、そして幸せを感じることを決して忘れないでください。

            あなた達のパウラより

<参考>

Robert Koch-Institut ロベルト・コッホ研究所とは、ドイツのベルリンおよびヴェルニゲローデにある研究所。ドイツ連邦保健省の下にある。

togo/videoshttps://www.facebook.com/GutesKarma/378728182712332

 

 

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こんにちは。ご訪問をありがとうございます。

 

前回に続き、左手首骨折手術直後に遭遇した不思議体験をシェアさせていただきます。この体験は手術の有無に関わらず経験された方も少なくないかもしれません。

 

 手術直後、病室で左の肘から下が幽体離脱したとき、手首から下、つまり手のひらと甲は意識がそこにとどまっていたようです。麻酔は同じように効いていて、触っても何も感じなかったのだけど、手首から上とは効かせ方が違ったのかもしれません。

 というのも、右手でパンパンに腫れた左掌を触ると、意識が伝わってきたのです。「悲しい」。やはりそうですよね。手首が折れているのですから。心の中でごめんねと言いながら、右手で摩ってあげました。「嬉しい」。癒されている気持ちが伝わってきました。

 

 左手も右手も互いが好きなんです。で、そこに私自身の意識が加わりかまってあげると、とても嬉しいんです。

 

 身体の各部分が別の意識を持っていることはわかっていたし、声を聴いたこともある。でも今回のように体感を伴って気持ちが伝わってきたのは初めてでした。身体に特に異常のないときも、意識してコミュニケーションを取るようにはていくと身体が喜んでくれて、エネルギーも増すのではないでしょうか。

 

 先週の受診で、骨がくっついたことがわかりました。プレートの関係で筋肉が引っ張られているように感じるし、2カ月もギブスを付けていた腕は固まっています。指は動くけれど正常の感覚ではないし、腕全体の筋肉と繋がっているので、回復には時間がかかりそう。でもほんの少しずつだけど可動域が広がり、できることが増えてきている。

 今日、ふと氣付いたら、骨折以来負担をかけている右手を、左手が摩っていました。そんなこともできるようになったのだなと、微笑ましくも嬉しく感じた私でした^-^

 

 

 

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こんばんは。ご訪問をありがとうございます。

 

 ずいぶん久しぶりのブログになってしまいました。

昨年11月にウィーンから帰国しました。

一昨年の秋にウィーンで余命半年宣告された胃ガンもどきは、半年間の自然療法のあと病気と思わない方向に意識転換。胃に負担をかけない食事だけ心がけていれば体調もいい状態が続いています。

 

 ただ、私はどうもこの個人的・地球的大変容の時期に、身体を介していろいろチャレンジをすることを決めてきたらしい。それは宇宙連合のアシュターによると「受容」の経験でもあるようなんですが、この胃ガンもどき、ここのところ急激に進んできた白内障、そして帰国後、骨折までしてしまったのです。

 夜道で車除けの石にぶつかって転倒し、右顔面強打、肋骨二本と左手首を骨折し、手首は年末に手術となりました。不思議なのは、ぶつかる寸前に意識がなくなったらしく、そのときの衝撃は何も覚えていないのです。痛みも何も...。

 

 前置きが長くなりましたが、その手術の直後に遭遇した不思議体験をシェアさせていただきます。

  

 三次元的には、手術など受けることにならないほうがよかったのかもしれません。でもこの不思議な体験は、私にとってはギフトのようなそのでした。

 

 プレートを入れる手術はもちろん全身麻酔で行われ、私は病室のベッドの上で名前を呼ばれて目を覚ました。麻酔から覚めたのです。 

でも当該の左手は、肘の下からまだビンビンに麻酔が効いていて何も感じないんです。その状態の身体っていうのは、身体というより物体なんですよね。とても重い物体が肘からぶら下がっている感じ。

術後の痛み止めは飲まないことを選択していました。ただでさえ弱い胃に負担をかけたくなかったからです。

 
 すると間もなく、ときどき小さな痛みを伴った腕の感覚を覚えたのです。ところがそのほうを見ると、下に落っこちているような腕から20センチくらい上なんです。で、実際の腕は相変わらず何も感じません。降って押しても何をしても感じない。といってもギブスをしてますから、直接触れることができたのは、手の平と甲、指だけなんですけどね。 

全身麻酔とは別に、肘からした下だけ別の麻酔が重ねてかけられたのでしょうか。

  

 で、見えない腕は時間と共に少しずつ痛みが増してきました。その位置はずっとね実際の腕から20センチくらい上。その間、立って動いたりもしたけれど、大体その位置に腕はあった。そのうち私は、見えない腕は「光の打て背」だと感じるようになりました。なぜその位置にあるのか。今から思えば、肘から下だけの「幽体離脱」だったんですね。

光の腕は普段なら肉体の腕と重なって在るのだけれど、麻酔が効いているときは肉体から出るのです。なぜかわかりませんが、私の場合はそうだった。で、のちにある波動関係者から聞いた話によると、麻酔というのは、なぜそのような働きがあるのか、科学的にはわからないまま使われているものなんだと。偶然の産物で、その成り立ちは不明のものということのようです。ビックリしました。

 

 そして時間と共に光の腕の痛みはますます強くなり、そのうち私は直感しました。痛みがある限界まで達したら、光の腕は肉体に戻るのではないかと。 

 光の腕の痛みは、肉体の腕の麻酔が覚めてきているからなんだろう。でも感覚自体はまだ光の腕にしかないのです。 

 そしで痛みがとても強くなったとき、光の腕を意識的に肉体の腕まで持っていって一体化させるイメージをしてみました。強く意識して、肉体の腕と重ねるようにしたのです。戻りました!と同時に肉体の腕の感覚が出て、痛みも感じるようになりました、

 

 麻酔と光の関係、なにか面白い。

 

 痛み止めを飲んでいたら、もしかしたらこの体験はなかったかもしれません。あくまでも私の場合の体験ですが。

 

 

 次回は「その2」をシェアさせていただきます。

 

 

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こんにちは。ご訪問をありがとうございます。

 

ご無沙汰しています。長くブログの更新ができませんでした。 

前回の投稿のあともあちこち旅をし、8月にはある面、これまでの旅のクライマックスでもあるアイルランドに遂に導かれ、行ってきました。ちょうどライオンズゲートが開く期間と重なり、ウィーンに戻ってからはミッションの方向が変わりました。これについてはまたあらためて書きたいと思っています。

 

で、今日は私の超弱視な目についての氣づきをシェアさせていただきたいと思います。 

 

実は私って昔から、瞑想に対して苦手イメージがありました。ですから瞑想はあまり身近なものではなかったのです。でもネットなどでも頻繁に目にする、「瞑想は大切」という情報...。 やっぱりやったほうがいいのかなあ、なんて思っているとハイアーセルフが横から、「あなたは大丈夫。いつも(瞑想)してるから」

 

私は以前から、何かに集中しているとき以外はボーっとしてる時間がとても多く、長いんです。ほんとに時間がもったいないと思うくらい。

で、強度の近視に加え、昨年秋から白内障がドーンと進んでからはただボーっとしてるんじゃなくて、無意識のうちに目を閉じてるんですよね。目を開けてても見える世界からの情報がぼんやりとしか入ってこないので、目を閉じているほうが楽なような。それは半分眠っているような。そしてどこか変性意識に近いものがある。(もちろん単なる食べすぎで眠くなってるって場合もありますけどね^^;)

 

数年前、この超ド近眼に対して光の存在から、「もうしばらくこのままの状態を続けると、自分で固く決意している」という言葉がありました。で、「その理由を知りたければ、内側に聴いてみなさい」と。いろんな理由を想定してみたけど、いまいち納得できるものでなかった。

それが最近、゛よく見えていたら見えないもの゛を見るためじゃないかという氣がしてきた。思考から離れて世界を感じるためと言うこともできる。白内障の急激な進行も、その目的のために自分が強制的に仕組んだことなんじゃないかと。

先日、「四感」という名を付けたこちらのレストランで、視覚を外して真っ暗な中で食事をするというワークショップに参加したのですが、そのときの体験も、今回の氣づきに繋がる糸の1つでした。この体験についても、また別の機会にシェアしたいと思っています。 

 

〜とはいえあまり視界がぼやけていると、できればしたくないと思い続けてきた、白内障の手術が頭に浮かぶことも。こうして書く作業もままならないことになるのではないかとか。だけど手術に対するハイアーセルフの声はいつも明確に「NO」。  
でもイスラエルで開発され来年度の一般化を目指しているという、ナノ粒子の視力回復目薬「アイ・ドロップス」は、希望の光として、そして1つの保険のように頭の隅にある😁 私の魂よ。もうしばらくっていつまで? 表面意識の自分は意志が弱い 笑。

 

 

 

お読みいただいてありがとうございます。