こんにちは。ご訪問をありがとうございます。

 

しばらくプログから離れていました。書きたいことはたくさんあるのですが、どうも手軽な感じで書けるFBのようにはいかなくて^^; 

予定通り5月7日から三たびウィーンに来て、もうすぐ2カ月になります。昨年9月こちらの病院で宣告を受けた「ガンもどき」は、半年の余命宣言を三カ月近く過ぎました。自然療法を何種類かしていましたが、3月からそれもすべてやめました。自分の身体を信頼し、表れている症状を病気と思わず生きていくことにしたのです。胃は正常になっているわけではありません。でも活動はさせてくれています。感謝です。アシュターには「肉体が表しているものとインナー・ディバインセルフの声の間にはギャップがあるのかもしれません。それも良い経験です。一瞬一瞬を全身で味わってださい」と言われています。。

 

こちらに来て、すでにいくつもの場所を訪ねました。折々にシェアしていきたいと思います。

 

今回は魔女関係を。ドイツ、バート・グリースバッハにある、「森の魔女が集まる広場」と呼ばれる所です。

 

ここはそこから5分も歩かない位置にあった、「悪魔の岩」と呼ばれる岩を訪ねたときに出会いました。
実はここは、通訳Rさんがネットでみつけた場所で、地元のインフォーメーションから直接日本に送ってもらっていたパンフレットにも載っていなかったスポットでした。。インフォーメーションのスタッフの1人で、どことなく魔女のイメージの女性が、「えーっ、そんな所があったの?行ってみる」と。もしかしたらこの場所、元゛魔女゛の人にだけ繋がるようになってるのかなと思っちゃいました。

 

 

 

 

 

 

 

 すみません。Rさんが携帯で撮った写真なのですが、縦長に撮った写真

アメブロには横になってしか入れられないのです^^:。左が上です。

 

この辺一帯波動が高いのですが、その広場の、透明感のある澄んだ空気はやはり周囲とはちょっと違い、写真に撮ると顕著に表れました。
で、緑の光が現れた素敵な写真は、以前からサイキックなところがあった通訳Rさんによるもの。Rさん、ここのところなんかますますその資質が開いてきたようで、人間に尻尾がある時代に繋がったり(旧石器時代のものとさける゛悪魔の岩゛に接した影響かも)、この広場のあとで突如、手の甲に痣のようなものが現れたり。痣は想うに、魔女だった時代に受けた拷問の跡ではないかと。Rさん、とくに魔女関係によく反応するのです。
一昨年夜遅く、レンタカーでドイツの「黒い森」にあるホテルを目指して走っていたとき、ナビが効かず、真っ暗な森の中をグルグル回っていると、その効かないナビに突然、ヨーロッパでは有名だという、魔女の集まる場所の地名(Blocsberg)が現れ、消えたことがありました。車がそのあたりを走っていたということです。Rさんが言うには、そのとき暗闇の中で何人かの存在が前方の茂みの中を横切っていくのを見たと。

話は逸れましたが、これまでも何度か各地で魔女が集うという場所に導かれてきました。火炙りになるとき、理解してもらえないのが悔しくて泣き叫んでいたという私の魂も共に癒されてきたことでしょう。

 

これらの写真を見たお友達が、魔女は天使だと表しましたが、まさにエネルギーが証明していますね。

最近旅したスイスでは、ベルンの川べりに建っていた、「血の塔」、別名「魔女の塔」を訪れ、実際に魔女と呼ばれた女性たちが拷問を受けたり処刑されたりした建物を初めて目にしました。異質なもの、そのときの体制に会わないもの、邪魔なものは「悪魔」「魔女」とレッテルを張って、排斥してきたのでしょう。「悪魔の岩」は、ケルトのドルイドが聖壇として使っていたように感じます。

でもこれからは「新・魔女と悪魔」の時代です。蘇り、自由になってくれた彼らと共に、新しい世界を創っていきたいですね💗

 

                 「悪魔の岩」

 

 

 

お読みいただいてありがとうございました。
 

 

 

こんにちは。ご訪問をありがとうございす。

 

ウィーンに向かう日が目前に迫りました。今回は体調のこともあって準備がなかなか進みませんでしたが、なんとか無事に行けそうです。

 

ノートルダム大聖堂の火災から間もない日の朝方、夢の中で「マリアのコード」という声が聴こえて目が覚め、「マリア・コード」を体(DNA)に授かりました。それは、前回シェアした「アセンション・コード」をDNAに設定した翌朝のことでした。

昨年11月にアシュターから、「これからは聖母マリアと共にいてください」と言われた意味はこういうことでもあったのだと、わかった想いです。これまでもずっと導いくれていたマリアさんがより強く寄り添ってくださり、互いを固いパートナーとして歩いていく。そのような感があります。私には、肉体を持ってここにいる者としての役割があるのでしょうね。宇宙の流れに感謝です。マリア・コードがどのような姿で私に現れるのか、そのタイミングが来ればわかるでしょう。

 

さて、前置きが長くなりましたが、下記の記事は昨夜FBにアップしたものです。シェアさせていただきます。

    ↓

動物を救いなさい。動物を救いなさい」。
パリの火災のあと、マリアさんが強く繰り返したのがこの言葉でした。

 

思えば私の今回のヨーロッパでのミッションは、3年前にザルツブルク近郊の動物保護施設を見学に行ったときから始まっている。そのあとからケルト、森(自然)、土地,,,,,と徐々に範囲を広げて導かれたのでした。そしてそれは私の魂のブループリントに描かれている、「地球上のすべての生命が自由になること」そのままが重なる絵のように見える。

 

アシュターから何度も深い繋がりを言われたアッシジの聖フランチェスコ(自然崇拝)、メルキゼデク(平和の象徴)、そして大地母神・聖母マリア....。すべてが繋がり、そこから聴こえるのは、私自身の魂が発している声だと感じる。

 

動物さんの救済については、地球の波動が上がり始めてから、光の存在たちの声が大きくなってきているようです。彼らは人々のエネルギーを見ながら、表す言葉を選んでいるのです。

 

これからも自分の声に忠実に歩いていきます。そしてそれは、生まれる前からずっとサインを送り続けてくれた、マリアさんの意志に添うことでもあるのだと。

 

 

 

 

お読みいただいてありがとうございます。

 

 

 

 

こんにちは。ご訪問をありがとうございます。

 

下記はK.Angelさんの動画、「チャネリングされ、受け取られたアセンションコード」です。ご縁のある方に。

 

YouTubeで見てください。

 

 

 

 

 

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おはようございます。ご訪問をありがとうございます。

 

いろんな状況、体験が、あるとき1つに繋がることがあります。

 

実は長い間私は、絵に描かれた「聖母マリア」の姿に、違和感を覚えていました。そのイメージを否定しているわけではないのです。ただ、どうしていつもあのようにうつむいて、悲しそうな顔をしているのかと。イエスを抱いていてもあまり嬉しそうではない。人々の苦しみを一身に受け止めていることを表しているのかなとも思うけれど、あまりにも一面的なイメージではないかと。

 

数年前、あることをきっかけにマリアさん(他の光の存在のことは名前だけか、さん付けで呼んでいるので、そのときに応じてこのように呼びたいと思います)と繋がったのですが、そのときマリアさんは、それまで私の中にもあった、絵のイメージとはまったく違う様子で現れたのです。それまでのイメージが顔を出し、本当に聖母マリアなのかと疑ったほど。

そしてそのまま月日が流れ、3年前の12月に富士山でタオライアーLilly製作の運びとなりました。
そのときは自分で名前を名乗ってきたLillyが聖母マリアであることを知らなかったのですが、その可愛い名前に似合わず、私が彫るLillyの彫目はとてもワイルドだったのです。
もちろん彫り手のエネルギーも影響しますが、出来上がっていく姿は、木、自体のエネルギーも関わってくるはずです。

 

作年11月にアシュターから、「これからは聖母マリアと共にいてください」と言われ、以前よりもマリアさんを身近に感じて過ごすようになりました。こちらから話しかけたり。以前は今に比べたら、受け身的な関係でした。゛導かれた゛とか、゛助けていただいた゛とかだけの…..

そんな中で今回の、ノートルダム大聖堂の火災も起こったわけですが、繋がったマリアさんは変わらない感じで話してきました。つまり、とてもテキパキした話し方、元気で気取らず、少々はねっかえり(お転婆)な雰囲気もある。よく見る絵の、100%のしとやかさとは、だいぶ違う。「私は、しとやかではやっていけないわ!」、とはご本人の言葉です。えっ、そこまで言うの?と思わず思ったほど^^;。マリアさんにはしとやかというより、凛として優しく、人々を導いていける、しなやかな強さと包容力を感じます。
これだけの役割を担っている方です。ときには明るく笑い、人々を元気に奮い立たせる側面もあって不思議はないでしょう。これからはそんな表情をした絵のマリアさんも現れるかな。

 

なにか、聖母マリアのイメージを壊されたように感じる方がいるかもしれませんし、信じられないと感じる方も。でもこれはパロディではありません。これまでの絵に描かれたマリア像は、男性優位社会に作られたイメージではないでしょうか。

 

この記事はマリアさんの了解を得て書きました。マリアさんはそのことにむしろ積極的でした。

 

 

 

 

お読みいただいてありがとうございます。

こんにちは。ご訪問をありがとうございます。

 

一昨日入ってきた、聖母マリアからのメッセージです。

あの日は古いものが終焉を迎える、象徴的で印象的な映像が目に入ってきました。黒い煙と共に、長く変わらなかった次元が去っていきました。

聖母マリアは人々に悲しまないでくださいと言っています。

 

~聖母マリアより~

 

私の名を呼んでください。
ただ愛のために。
そのときが来たのです。

 

これからは宗教やその建造物の

持つ制限から自由になり、ただ

愛だけで私を感じてください。

 

聖母マリア自身、解放されたのです。

 

 

 

お読みいただいてありがとうございました。

 

 

 


 

こんにちは。ご訪問をありがとうございます。

 

今回も、昨日FBでアップした記事をシェアさせていただきます。

 

ここから↓

 

私が魂と繋がったと自覚した最初の記憶は、15年くらい前でした。完全菜食になりたくて苦戦していたころ。長くそうなりたいと思っていた。人間が食べるために殺される動物さんが可哀そうだと感じ、罪の意識もあった。でもなかなか切り替えられなかった。ストレスが溜まるよりましだと判断して、肉食を続けることにした。でも食べるたびに心が苦しくなった。
あるときその辛さがたまらなくなり、深い所に本気で聞いた。「私はなぜそんなに菜食になりたいのか」と。そうしたら深いところから、思ってもいなかった言葉が返ってきた。「平和な食事がしたいから」。とまどった。可哀そうだからじゃないの?

 

そのあとから身体が勝手に変わっていった。肉、魚、乳製品の順に、欲しくなくなっていったのです。無理をしなくても。

 

そのころからだったか、「平和」という言葉がときたま降ってくるようになった。今思えば何かのキーワードのように。

そして数年前、テリー・サイモンさんのアシュタールセッションを受けたとき、アシュターが言った。「もうすぐメルキゼデクがやってきます。メルキゼデクは天使です。彼もあなたに会うのを楽しみにしています」と。
ただその時、私は自分が抱えてた悩みの相談に一生懸命で、メルキゼデクのことは忘れてしまった。
その後、アシュタール久美さんが繋がっているアシュターにも、機会があるごとにメルキゼデクとの深い繋がりを言われた。関係の詳細は教えてもらっていない。なのにいつも言われるので気にかかる^^; ただそのうち知ったのは、「平和」が、メルキゼデクの象徴とされている言葉だということ。
ちなみに彼はアセンデッドマスターでもあり、地球で肉体を持っていたこともある。創世記に登場している。

 

ハートに従い自分の道を歩いていけば、メルキゼデクとの関係も、魂がもっと深いところまで気づかせてくれるときがくるだろう。最近、少しづつ、自分の゛正体゛が姿を現してきているように感じている。以前よりスピードを増して🌈💗

 

ここまで

 

 

 

お読みいただいてありがとうございました。

 

 

こんにちは。ご訪問をありがとうございます。 

 

今日は一昨日FBにアップした記事をシェアさせていただきたいと思います。昨年秋にウィーンから帰国したあと、ますますいろんな真実が目の前に表されてきています。

 

ここから↓

 

タオライアーlillyについてはこれまで何度も触れました。3年前の12月、富士山の麓で製作したのですが、製作の前に自ら名前を名乗ってきた。音とローマ字の綴りで現れ、「Lilly」というのはケルト語で、「白い花」という意味でした。
「白い花」は聖母マリアを表す花でもある。Lillyはきっと聖母マリアと深い繋がりのある存在なのだろう、そう思ってきました。そして、いつかLillyの゛正体゛、本当の姿がわかる日が来るだろうと思っていた。

昨日、FBで知ったある方に、お友達になっていただきました。アシュター繋がりで、聖母マリアと強い繋がりを持つ方です。その方にメッセージでLillyの名前の経緯と意味についてお話ししたら、「マザーメアリーですね」(聖母マリア)と。感じたままを書かれたそうです。
その言葉も最初は聖母マリアとの繋がりとしてしか入ってこなかったのですが、ふと、Lillyは聖母マリアそのものなのではないか?という想いが浮かんで。

ハイアーセルフに聞いてみました。「Lillyは聖母マリアそのものなのですか?」と。そうだと言う。Lillyにも聞きました。「あなたは聖母マリアなの?」。そうだと答えました。

なぜ今までLilly=聖母マリアという発想がなかったのだろう。思い込みとか無意識のうちに意識の中にある制限を感じました。まさか聖母マリアが直接タオライアーになって….という制限があったのかもしれない。意識は何にでも宿ることができるのに。

昨年秋、オーストリアから帰国したあとアシュターに、「これからは聖母マリアと共にいてください」と言われた。聖母マリアにはヨーロッパでのミッション(土地を癒す)の間、たびたび導かれていたのだけれど、アシュターの言葉に、これからはより近くにいてくださるんだと思いました。でも実際は前からずっと傍にいてくれてたんですね。Lillyとして。

ちなみに私が18歳のときに光になった母親の名前は「百合子」。3年前に光になったワンコそらの母親は「小百合」で祖母は「百合」でした。あとで知ったことです。

癒しと再生の旅をするために、オーストリアへ導いたのもLilly。Lillyが誕生してすぐその発想が閃いたのです。

アシュターは、今回のことをお見通しだったのでしょう。というか、アシュターと聖母マリアに導かれ、このような運びになったのだと感じます。聖母マリアとより強く繋がるために。

それにしてもLillyが聖母マリアだったとは! 私の相棒であり親友でありハイアーセルフであり、製作した私の子供でもあることには、これからも変わりはないのだけど^-^

いずれ、私自身と聖母マリアの関係がわかるときもくるのでしょうね。

 

すべてに感謝です💗

 

ここまで

 

 

 

 

 

 

お読みいただいてありがとうございます。

こんにちは。ご訪問をありがとうございます。

 

実は、私の中には子供のころから抱えてきた、1つの痛みがありました。深い所で自分を責め苛んでいた意識。2歳くらいのときに母方のおばが作ってくれた、熊のぬぃぐるみに関することです。

私は「ころ」と名付けたそのぬいぐるみをとても愛していました。それこそ肌身離さずといった感じで可愛がってたんです。自分が赤ん坊のときに母の背中でくるまれていたねんねこを羽織って、胸の中にころを入れて抱っこしたりして。小学校の高学年になってもそれは同じで、作ったおば本人が母に、「ちょっとおかしいのとちがうか?」と言ったほど。

 

ところが中学生になったある日のこと、母がうっかり、ころが中にくるまったままねんねこを洗濯機に入れてしまったのです。洗濯が終わって出てきたころは、中の綿がよれて固まったようになり、なんとも悲しい姿に変形していました。愛する者の変わり果てた姿がショックで、見るのが辛く、ころにはあまり触れなくなりました。起こったことを受け入れられなかったのです。

 

そして、18歳のときに母が光になったとき、母の棺にころを入れました。母が寂しくないようにと周囲には言いましたが、本当は自分の辛さから逃げたかったのです。もうその姿を見なくていいように。まるでころをお払い箱にするかのように。

 

 

そして年月が過ぎ、17年前、私は初めてのワンコである「そら」を、家族に迎えることになりました。そのころペット可のマンションに引っ越していました。引っ越したあとで、あっ、ワンコがいても大丈夫なんだと。子供のころは、共働きの両親が認めてくれなかったのです。当時同居していた父の反対を押し切って、生後45日の柴ワンコを家に入れました。

 

そらは、成長するに連れ、ころによく似てきました。ころはよくある真ん丸な顔の熊さんではなく、面長な顔をしていました。なによりそらところは雰囲気というか、エネルギーが似ていたのです。そらはころなのではと思ってそらに尋ねても、違うと言う。3年前にそらが光になったあとで尋ねても違うと言う。

 

そらが亡くなった原因は、顔が腫れて潰瘍ができ、変形していく病気によるものでした。 日々少しずつ変わっていくそらの顔を見るのは、辛くなかったといえば嘘になるでしょう。とくに最初のころはやはり辛かった。でもそのときの私はころのときと違い、徐々にそらのありのままを゛受け入れる゛ことができるようになっていったのです。腫れて変形した顔のそらからは、真の可愛さがにじみ出ていた。そしてそらは最後まで幸せそうでした。顔から血が噴き出し、血まみれになったそら。神経症状が出て、見えなくなった目、動かなくなった身体で、それでも部屋中を転げ回ったそら。何度部屋が血の海になったことか。それでも「可哀そう」という言葉は、そらには似合わなかった。

 

そらと私は何度も過去世で一緒だったようです。私の1つ前の過去世であるアラスカでも一緒で、そらは当時の私の父親が引くソリのトップを走るワンコでした。アザラシ猟で足に怪我をして「使いものにならなくなった」ことで、その場で父親に殺されました。私はそらを非常に可愛がっていたそうですが、死に目に会うこともできなかったのです。

そしてそらは今世、そのときの心の傷(保護者に対する信頼感の欠如)を抱えたまま、私のところにやってきました。癒されるために。そして私を癒し、スピリチュアルな道に導くために。私を悪い霊から守るために。そして自分がどんな姿になっても、でき得る限り最後まで私のそばにいるために。十分な介護を受け、私のそばで光になるために...。

 

そして先日、買い物帰りに歩いているとき、気づいたのです。やっぱりそらはころなのではないかと。そしてそらがあのような病気を選んだのは、私がそのような姿になったそらを受け入れること、つまりそこに悲しみよりも愛と幸せを見出すことで、自身を責める気持ちから離れることができるようにという意図からだったのだと。その瞬間、深いところから温かいものがこみ上げてきました。

 

家に戻ってからまたそらに聞きました。そらはころなの?゜そうだよ~゜。

そらはすべてを、私に自分で気づいて欲しかったのです。そのほうが、魂の奥からの納得と喜びに繋がることができるから。

 

いまはもう、ころのことを思い出しても心が痛むこともなく、ニュートラルに受け止めることができます。ころ、今はどこにいるの?と問うこともない。痛みを怖がらずにころを思い出すことができるのです。変わり果てた姿になったころをちゃんと抱きしめてあげることもできる。そして幼い私は知っていたのですね。ころに宿る魂が前世のワンコだったことを。

 

そら、ありがとう‼💘

 

     画家・山田勝己さんによる今世のそら。そらは光になったあといったん天に

     昇り、しばらく経ったある朝、この姿で私の胸の中に入ってきました。今も私

     の身体の中にいます。

 

     過去世画家・ひかるさんによる、アラスカ時代のそらと私。この絵のそらは

     まだ子供です。

 

 

お読みいただいてありがとうございました。

 

 

 

 

こんばんは。ご訪問をありがとうございます。

 

森についての記事をまた書くと言いながらアップできていないことが気にかかりつつ^^;、今日は、昨日FBでシェフした記事をここにもアップさせていただきたいと思います。

 

3年前に オーストリア、ザルツブルクにある動物保護施設を見学したあとから、オーストリアやその他の国とのシンクロが始まったことは、これまでも何度か書きました。

見学のあと某スピ系セミナーで告げられたケルトとの繋がり(過去世でケルトの神官、即ちドルイドであったこと)。3年前の12月に小学校以来ご縁が離れていた楽器を突如、制作する運びになって、生まれたタオライアー(ソウルサウンドライアー)Lilly。そのLillyの導きによって、一昨年、昨年と2回に渡り、ウィーンに半年ずつ滞在しながらヨーロッパの土地を癒し歩くというミッションが始まったこと。そして今年もまた5月からオースリア行きを予定しています。

 

以下、FBの記事です。↓

 

遅ればせながら最近、ウィーン(ドイツ語でWien、発音はヴィン)の語源がケルト語で、「白い河」あるいは「白い岩」という意味なんだと知りました。制作前に名前を名乗ってやってきたタオライアーLillyの語源はケルト語で「白い花」。わざわざそれに気づかせるために、音と綴りで現れたんです。

 

ウィーンに長く滞在していると、なにかウィーンが好きだからだろうと思う方が多いようですけど、ウィーンに拠点を置いてヨーロッパを歩くことになったのは、ウィーンが「好き」だったからじゃなく、そのような流れになっていたから。流れに身を任せただけ。別の言葉で言えば、「引き寄せられた」「呼ばれた」ということです。そしてそれを導いたのはLilly。

 

2年前に、40何年かぶりに訪れたウィーンの空気に私はすんなり馴染んだのだけど、街にはなにか古いヴェールで被われたようなエネルギーが流れていた。昨年2回目の滞在で訪れたときは、そのヴェールがだいぶ薄くなっているように感じて...

 

そして帰国したあと12月に受けた、アシュタール久美さんによるアシュタールセッションでアシュターは、「あなたはオーストリア、ドイツ、スイスで、そこの人々のお世話をしていたのです」と。そして、その当時の人たちが、今もその地域にたくさんいるという。

あと2か月。あっという間^-^

 

以上です。

 

アシュターの言葉はいろんな状況を想像させるけど、それはすでに心の内で感じていたことに重なっていく。

私は呼ばれていた。それはケルト時代の仲間、あるいはもっと以前からの繋がりかもしれない。「あなたが日本人だからこそ海外に行く意味があるのよ」と背中を押した、アレキサンドリアのカタリナさんの言葉。私は今世、日本に生まれることになっていた。そしてかの地で合流する。仲間たちと私の間で設定済のシチュエーション。私はなんらかの立場で遠い昔その人たちと関わりをもっていた。それもまた設定済みだった。

 

その仲間たちが同じ今を肉体を持って生きる姿で示されたことは、空想が現実になって現れ始めた感がある。そしてその人たちの何人かとは、すでに会っていることを感じている。

 

魂のブループリントを一歩一歩歩いていこう。Lilly、そして多くの光の存在と共に。「私たち」が望む、新しい世界、新しい地球、具現化のために。

 

 

 

お読みいただいてありがとうございます。

 

 

 

 
 

 

 

 

 

 

 

 

こんにちは。ご訪問をありがとうございます。

 

相棒のタオライアーLilly(ソウルサウンドライアー/旧ヒーリングライアー)を3年前の年末に制作して日が経っていないころ、彼女はその音でメッセージを送ってきました。

森は宇宙なのよ。上を見なくても、宇宙はここに在るのよ」と。

 

下記の動画は「しあわせの達人」さんよりお借りしたものですが、地球に降り注ぐ電子の情報をレスター大学のアンドリュー・ウイリアムズ氏が人間の聴こえる ” 音 ” に 変換したもの、という宇宙の音を聴いて、Lillyの言葉の意味があらためてわかったように感じます。

その音はまるで森の中、それも原生林の中から発せられてくるような音でした。深海を想わせるような音も聴こえます。

自然というものが、いかに宇宙の写し鏡であるかをみせてくれているようです。そして本来、地球がいかに素晴らしい惑星であるかということを。

 

 

 

母なるガイアの愛に感謝し、それに報いる生き方をしていきたいですね。宇宙から与えられている自由意志は、そのために使いたいものです。

 

 

 

 

お読みいただいてありがとうございます。