これを投稿したあとに、
自分の繊細さに(今さら)気がついた…と、
Facebookでコメントしたのですが、
はい、、本当に自覚なかったです(笑)
そしてそのことを考えていて、私はどうやら昔から、
海底に沈む何かに手を伸ばす絵をよく描きます。
例えば、虹🌈とか、花とか。
それは、もしかして私の核なのかもしれないなぁと、何となく思いました。
そしてそれが、私のクリエイトの源かもしれない😌
創造の源。
私の唄や舞や音楽作品やイラストなどの表現には、たぶんその欠片が細かく散らばってるのかなと、思います。
私は大学の頃に音楽のソロ活動を『yuyu』という名前でやっていたのですが、
その時、yuyuは『表現の私』と、思っていた。
心の淵にいつも座ってる夜明け前の少女~的な?
太陽☀️と月🌛なら月の側の人。
そのあとに、『ゆゆはるか』って名前にしたのだけど、これは太陽と月を合わせようかなーと思ったのね。
はるかって、本名なのですけど。
はるかは太陽とは、少しも思ってないけどね。
表の私、ということかな?
『晴香』っても書くしね。
なんかね、そのyuyuさん、まだいるんじゃないかなぁと思うときがある。
yuyuって名前つけてただけだけど、これはとにかく感覚的な私だと思うし、このときに書いていた詞が、今を予知するものが、多いのよ…知ってたんかい、って思う。
私、歌詞は意味後付けだったのいつも。
浮かんだ言葉だけを紡いで、あとで意味付けしていた。
『幸せの向こう』
っていう言葉が、ふと浮かんだことがあって、
これは、今まさに私の目の前に直面している壁のキーワードなんだ。
幸せには向こう側が、あるのよ。
幸せになることが、人間のゴールや目的かと思うけど、その先があるって、意味もわからずに思ったことがあって。
それは、どんな世界なんだろう。
って、ずっと考えていた。
何となくだけど、少しだけ気づいたことがあるよ。
たぶん幸せの向こうがわは、二極化していない世界なのかなぁと思う。
これだけは何となく感じる。
でもそれを知るために、まだ私はたくさんのことを知らないといけないと思う。
結局、これを頭では理解している人たちは沢山見てきたけど、体得出来てる人は、ほんのひとにぎりと、感じるんだ。
だってこれ、本来そーとー難しいことと、思うから。。
でも、出来なきゃだめ、とかでも、ないんだよね。
ただね、知りたい。
好きでも嫌いでもない、世界。
それが愛なのかなぁと思うから。
それを知るために、私は海の底に手を伸ばしてるのではないかなって、思うから。
お読みいただき、有難うございます🍀
☁️あなたの空へ☁️
Aihi