もうすぐ夜が明ける。
新しい朝が訪れる。
傷ついた阿瑠は、屋敷の床で休んでいた。
昴が阿瑠の側で座っている。
「阿瑠…」
後鬼の言葉を信じないわけではない。
ただ、心配なだけだ。

少し離れて、前鬼と後鬼、舞衣が見ていた。
「健気じゃのう…」
後鬼がつぶやき、笑みを浮かべている。
「しかし、赤毛だったとはな…」
前鬼が、阿瑠の髪の色を見て言った。
「南の方の出と言っておったが…」
「まさか…異国の血か…」
前鬼と後鬼は、何かを掴んでいるようだ。
「でも…」
「朔が見たら、腰を抜かしそう…」
舞衣が、朔の顔を思い浮かべていた。
「それに…」
「昴にあんな一面があったなんて…」
幼なじみの舞衣も、初めて知った。
「義沙も…」
「あれ、義沙は…」
義沙の姿が見えない。
そのことに、舞衣が気付いた。
「あの男は、真魚殿と外に行ったぞ…」
前鬼がそれを見ていた。
「あとは、真魚殿に任せておけば良い…」
後鬼が、そう言って舞衣を見た。
「それも…そうね…」
真魚がいなければ、どうなっていたかわからない。
だが、それすらも導きかも知れない。
「全ては繋がっているのじゃ…」
後鬼が言った。
「分かるわ…何となくだけど…」
全てを繋ぐ光。
導いた男。
舞衣はそれを観じ、受け入れた。
そこに偽りなど存在しない。
あるのは真実だけであった。
舞衣の中に、ある感情が芽生え始めていた。
屋敷の外にある大木の前で、真魚と義沙が話をしていた。
その足下に、嵐が寝そべっている。
闇が薄らいでいる。
月ももうすぐ沈む。
「おおよその話は、飲み込めた…」
「身に降りかかる粉は、自らで払うしか無い…」
義沙が真魚に答えた。
「だが、今聞いた話を口に出したら、俺の命もない…」
隠され続ける真実。
それも、闇の力の一部と言える。
正しいものを見ないよう、目隠しをされも民は気付かない。
それを利用して仕組みを作る。
それは闇の力を使っていることになる。
「他に…方法はない…」
「お主が、生きる為にはな…」
真魚が答えた。
「そう、うまく行くとは思えぬが…」
義沙がそう言って笑みを浮かべた。
「うまく行くことだけを考えろ…」
真魚が義沙に言った。
「それも…そうだな…」
「最初から、負けを認めることになるな…」
義沙は、自分の言葉に呆れて笑った。
その笑みの中に、不安はなかった。
「昴、親父によろしく伝えておいてくれ…」
義沙のその声に、昴が振り向いた。
「阿瑠の事はお前に任す…」
「それが、お前の宿命かも知れぬ…」
義沙が昴を見て笑った。
「村には来ないつもり…」
阿瑠の姿を見たまま昴が言った。
「いつもそうなのね…」
「黙って、私達の前から消えてしまう…」
昴が義沙を見上げた。
「今度は違うぞ…」
「ちゃんと、別れを告げに来た…」
義沙が、昴を見ていた。
「お前が止めてくれなければ…」
「俺は間違い無く、死んでいた…」
「ありがとう…昴…」
義沙の言葉で、昴の瞳から涙がこぼれた。
「止めるわよ!」
昴の声が響いた。
「だって、血は繋がっているのよ…!」
「母は違っても、私の兄さんじゃないの…」
昴の想い…
その波動が義沙に伝わっていく。
「婆さんは間違えてなかった…」
「それだけは言える…」
昴の波動が、義沙の心を揺らしている。
「だが、俺も間違えてはなかったのだ…」
義沙の意外な言葉。
今度は、昴の心が揺れた。
「それって…」
「王の証を持ち帰らなければ、俺の命は無い…」
「だが、それは村を守ることにもなる…」
義沙は、一つだけ嘘を言った。
王の証を持ち帰ったとしても、命の保証は無い。
「それって…」
昴の瞳から、涙がこぼれた。
昴は、その嘘を受け入れた。
「俺の宿命かも…しれぬな…」
義沙が手の中の、王の証を見ていた。
「兄さん…」
昴が義沙をそう呼んだ。
「子供の時、以来か…」
義沙が歩み寄り、昴の頭をなでた。
「俺は、すぐに立つ…」
「兄さん…」
昴は座ったまま、義沙にしがみついた。
今生の別れになる。
昴の心は揺れた。
「馬鹿な男だが…真っ直ぐだ…」
義沙は、阿瑠の寝顔を見ていた。
「何を言っているの…」
舞衣が、涙を流していた。
二人のことは、一番良く知っている。
「馬鹿はどっちよ…」
舞衣は…
幼き頃の想いを、追いかけていた。
続く…
-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
実在の人物・団体とは一切関係ありません-