真魚達は登ってきた道から逸れ、脇道に入った。
道の側の清らかな流れが誘っている。
「あの女…」
子犬が何かを疑っている。
「それを確かめに行く…」
真魚がそう言って上に向かった。

水が激しく音を立てている。
布留の滝。
現在では桃尾の滝と呼ばれている。
その音を手前の建物が隠そうとしていた。
滝守の小屋であろうか。
木の板を張られた粗末な物であったが、最低限の生活は出来る様だ。
滝の前には注連縄が張られ、仕掛けが施されている。
「なるほどな…」
真魚は滝の遙か手前で、それを感じとっていた。
大地の生命が溢れ出ている。
「龍の抜け穴か…」
真魚はそう表現した。
大地の中を駆け巡る生命の繋がり。
その途方も無い生命の動きを、龍に例えたのだ。
「義淵殿が見つけ、行基殿が広げ…」
真魚が目を瞑り、手を動かしている。
仕掛けをなぞっているように見えた。
この場を見つけたのは義淵だが…
弟子の行基が手を入れたことは、間違いないだろう。
真魚の手が止まり、目を開けた。
「ほう…」
真魚は張り巡らされた網の目の中に、何かを見つけた。
「お主を騙すとは面白い奴だ…」
子犬が真魚を見て笑っていた。
「騙した訳ではなかろう…」
真魚は笑みを浮かべ、歩み出した。
「俺も行くのか?」
子犬が波動を嫌っている。
「もう入っているではないか…」
真魚が笑っていた。
子犬の足が見えない壁を抜けていた。
「相変わらず…食えぬ奴だ…」
その言葉とは裏腹に、笑みを浮かべている。
真魚の手の動きは、以前見た鬼の技だ。
それを思い出していた。
子犬は駆け足で、真魚の後を追った。
真魚は石段を登り滝に向かった。
清き流れの中に、人がいた。
印を組み、真言を唱えていた。
ノウマクサンマンダバサラダン…
不動明王の真言である。
真魚はしばらく黙って見ていた。
真魚が左手で手刀印を組んだ。
目を瞑り、自らの回路を開いた。
真魚の身体が耀き始めた。
その光が、滝の者を包み込んでいく。
その瞬間、小さなその身体が震えた。
男の子であった。
齢十二、三歳と言う所か…
真魚の光に包まれ、笑みを浮かべた。
真魚の身体が更に耀く。
男の子の眉間に皺が寄る。
全てを受け入れ、耐えている。
そんな表情に見えた。
次の瞬間、男の子の身体が震えだした。
肩が揺れている。
男の子は泣いていた。
大いなる光に触れて、泣いていた。
しばらくその時は続いた。
男の子は笑みを浮かべ目を開けた。
しばらく辺りを見渡している。
だが、真魚達の存在に気がつかない。
真魚が棒を地面に置いた。
その音が地面を這った。
男の子の顔が真魚を向いた。
「目が見えぬのだな…」
真魚がその事に気付いた。
「あなたが…光を見せてくれたのですか?」
その男の子が言った。
「見たのは、お主だ…」
「見ようとしない者に光は届かぬ…」
真魚がそう言って微笑んだ。
「私は、明慧と言います」
その声は興奮していた。
「俺は佐伯真魚だ」
真魚が答えた。
「佐伯…真魚様…」
その名前に惹かれた。
理由は分からない。
そして、明慧は真魚に自らの未来を見ていた。
時間は関係ない、心がそう言っている。
自らの心に嘘はけない。
確かなものがそこ存在していた。

続く…
-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
実在の人物・団体とは一切関係ありません-