空の宇珠 海の渦 外伝 無欲の翼 その三十三 | 空の宇珠 海の渦 

空の宇珠 海の渦 

-そらのうず うみのうず-
空海の小説と宇宙のお話






木の陰から、二人を覗く目があった。
 

怒りの波動が出ている。
 

「何をしているかと、来てみれば…」


動こうとした時…
 

腕をつかまれた。
 


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「なぜ止める!俺の妹だぞ!」
 

掴まれた腕を、ふりほどこうとしたが動かない。


 
「お主…」


男は未羽の兄、翔であった。

 
翔はその力に、驚いた。
 


「俺につきあうなら、離してやる…」


真魚が、翔の腕をを掴んだまま言った。

 

「佐伯真魚とか言ったな…お主…」


「ただの貴族なのか?」
 

ただ者では無い腕の力。


翔の中に、その疑問が生まれた。
 


「来ればわかる…」
 

真魚は手を離した。
 


「俺は行くとは言ってないぞ…」
 

「だが、行かぬとも言ってない…」
 

真魚が笑っている。
 


「まったく…今日は、忙しい日だ…」
 

嵐が足下で喋った。
 


「お主、奇術も使うのか…」
 


「俺の妹もそれで騙された訳だ…」
 

翔は、真魚を笑い飛ばした。



「未羽は、お主ほど鈍感では無いぞ…」

 
嵐が翔を見て言った。
 


「この子犬!」

 
翔が嵐を蹴ろうとした時、突風が吹いた。
 

その勢いで、翔が飛ばされた。
 


「俺は犬では無い、神だ!」

 
金と銀の美しい獣が立っていた。
 


その波動が大地に伝わっている。
 

この辺りの生き物は畏れ、身を潜めただろう。
 


「ば、ば、ば、化け物!」
 

翔は腰を抜かして立てない。
 


「情けない奴だ…少しは未羽を見習え…」


嵐が呆れていた。
 


「来い!」
 

真魚が翔の手を引いた。

 
翔の腰が元に戻っていた。
 


「乗れ!」
 

真魚が先に嵐に乗り、手を伸ばした。

 

「し、し、仕方ない…」
 

翔は覚悟を決めたようだ。



と、言うよりは諦めたに近い。



逆らえないと思ったのか…


妹に馬鹿にされると思ったのか…
 

それはわからない。
 


「行くぞ!」
 

嵐が飛んだ。
 


「おっ!飛んだ!」
 

翔はその速さに驚いている。
 


「何て…速いんだ…」



「言っておくが、本当はこんなものではないぞ…」


嵐がなにげに自慢をしている。



「北に向かっているのか…」
 

翔は太陽の位置で、方向を割り出していた。
 

「まさか…」

 
翔がつぶやいた。



「気付いたか…」


真魚が笑みを浮かべた。
 


しばらく、無言の時が過ぎた。



「ついたぞ…」

 
嵐が言った。

 
あっという間の出来事であった。
 


「蝦夷だ…」


真魚が、翔にその事実を告げた。


嵐がゆっくり飛んだのは、そこまでの距離を分からせる為だ。
 


「ここが…蝦夷…」


翔は驚いていた。
 


「聞いた話とは違うではないか…」


大いなる自然の生命が溢れている。
 

その中で人々が生きている。
 


「お主の父が、なぜ口をきかなかったかわかるだろう…」
 

真魚は蝦夷の大地を見ていた。



「戦から…帰ってからか…」


その光景を、呆然と翔は見つめていた。
 


「一体…お上は何をやっているのだ…」


翔がつぶやいた。
 


「その言葉が出るのは、お主がまともな証だ…」


「恐らく父も同じ思いだった筈だ…」


真魚が翔にそう言った。
 


「同じではないか…これでは…」
 

翔が拳を握りしめていた。
 


蝦夷は極悪非道。

 

皆、そう聞かされてきた。
 

極悪非道の者達を倒しに行く。
 

それが、倭の大義であった。



「何もかも…倭より豊かだ…」


真魚がその事実を口にした。
 


認めたくない事実。
 

倭はこの豊かさを奪おうとしたのか…

 
そう思えてくる。
 


だが、この豊かさを支えているのは支配では無い。
 

皆が共に生きていることだ。
 


翔は一目見ただけでそれを感じた。
 


倭には無い。

 
ここだけにあるもの。
 

翔はそれを感じ取っていた。
 


「憎むべきは…倭か…」


父が口をきかなかったのは、絶望したからだ。
 

誰にでも無い。
 

倭の支配に対してだ。
 


「お主はこれを見せる為に…」


翔は悔しさに、歯を噛みしめていた。



「そうだ…」


「誤解したままでは父も浮かばれぬ…」
 

「お主の為にもならぬ…」


「憎しみは人を縛る…」

 
「縛られた心は、本来の使命を果たせぬ…」


真魚は翔に何かを伝えようとしていた。
 


「本来の使命?」
 

翔はその言葉に惹かれた。
 


「人は憎しみを生むために、生まれてくるのでは無い…」

 
「生命は耀かねばならぬ…」


「未羽は今、それに気付いた…」




「未羽が…」


真魚の言葉で、翔は未羽の変化に気がついた。
 


「もう、大緒(おおの)はいらぬだろう…」
 
(大緒=鷹を繋ぐための紐)


「自由に空を舞う鳥は美しい…」


「そうは思わぬか…」


真魚が翔にそう言った。
 


未羽の楽しそうな笑顔が浮かんだ。
 

未羽の耀きに、翔は触れていた。
 


「お主は他人のくせに、人の妹の心配をするのか…」
 

翔は、真魚の言葉に自らを笑った。
 


「生命は耀かねばならぬ…か…」


「本当におかしな貴族だ…」


そして、真魚の行動に呆れていた。
 

「帰るぞ!」
 

嵐がそう言った。
 


「わっ!」


翔が悲鳴を上げたときには、元の場所にもどっていた。



「まだまだ、こんなものでは無いぞ…」


驚いた翔に、嵐はそれとなく自慢していた。



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続く…

-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
    実在の人物・団体とは一切関係ありません-