木の陰から、二人を覗く目があった。
怒りの波動が出ている。
「何をしているかと、来てみれば…」
動こうとした時…
腕をつかまれた。

「なぜ止める!俺の妹だぞ!」
掴まれた腕を、ふりほどこうとしたが動かない。
「お主…」
男は未羽の兄、翔であった。
翔はその力に、驚いた。
「俺につきあうなら、離してやる…」
真魚が、翔の腕をを掴んだまま言った。
「佐伯真魚とか言ったな…お主…」
「ただの貴族なのか?」
ただ者では無い腕の力。
翔の中に、その疑問が生まれた。
「来ればわかる…」
真魚は手を離した。
「俺は行くとは言ってないぞ…」
「だが、行かぬとも言ってない…」
真魚が笑っている。
「まったく…今日は、忙しい日だ…」
嵐が足下で喋った。
「お主、奇術も使うのか…」
「俺の妹もそれで騙された訳だ…」
翔は、真魚を笑い飛ばした。
「未羽は、お主ほど鈍感では無いぞ…」
嵐が翔を見て言った。
「この子犬!」
翔が嵐を蹴ろうとした時、突風が吹いた。
その勢いで、翔が飛ばされた。
「俺は犬では無い、神だ!」
金と銀の美しい獣が立っていた。
その波動が大地に伝わっている。
この辺りの生き物は畏れ、身を潜めただろう。
「ば、ば、ば、化け物!」
翔は腰を抜かして立てない。
「情けない奴だ…少しは未羽を見習え…」
嵐が呆れていた。
「来い!」
真魚が翔の手を引いた。
翔の腰が元に戻っていた。
「乗れ!」
真魚が先に嵐に乗り、手を伸ばした。
「し、し、仕方ない…」
翔は覚悟を決めたようだ。
と、言うよりは諦めたに近い。
逆らえないと思ったのか…
妹に馬鹿にされると思ったのか…
それはわからない。
「行くぞ!」
嵐が飛んだ。
「おっ!飛んだ!」
翔はその速さに驚いている。
「何て…速いんだ…」
「言っておくが、本当はこんなものではないぞ…」
嵐がなにげに自慢をしている。
「北に向かっているのか…」
翔は太陽の位置で、方向を割り出していた。
「まさか…」
翔がつぶやいた。
「気付いたか…」
真魚が笑みを浮かべた。
しばらく、無言の時が過ぎた。
「ついたぞ…」
嵐が言った。
あっという間の出来事であった。
「蝦夷だ…」
真魚が、翔にその事実を告げた。
嵐がゆっくり飛んだのは、そこまでの距離を分からせる為だ。
「ここが…蝦夷…」
翔は驚いていた。
「聞いた話とは違うではないか…」
大いなる自然の生命が溢れている。
その中で人々が生きている。
「お主の父が、なぜ口をきかなかったかわかるだろう…」
真魚は蝦夷の大地を見ていた。
「戦から…帰ってからか…」
その光景を、呆然と翔は見つめていた。
「一体…お上は何をやっているのだ…」
翔がつぶやいた。
「その言葉が出るのは、お主がまともな証だ…」
「恐らく父も同じ思いだった筈だ…」
真魚が翔にそう言った。
「同じではないか…これでは…」
翔が拳を握りしめていた。
蝦夷は極悪非道。
皆、そう聞かされてきた。
極悪非道の者達を倒しに行く。
それが、倭の大義であった。
「何もかも…倭より豊かだ…」
真魚がその事実を口にした。
認めたくない事実。
倭はこの豊かさを奪おうとしたのか…
そう思えてくる。
だが、この豊かさを支えているのは支配では無い。
皆が共に生きていることだ。
翔は一目見ただけでそれを感じた。
倭には無い。
ここだけにあるもの。
翔はそれを感じ取っていた。
「憎むべきは…倭か…」
父が口をきかなかったのは、絶望したからだ。
誰にでも無い。
倭の支配に対してだ。
「お主はこれを見せる為に…」
翔は悔しさに、歯を噛みしめていた。
「そうだ…」
「誤解したままでは父も浮かばれぬ…」
「お主の為にもならぬ…」
「憎しみは人を縛る…」
「縛られた心は、本来の使命を果たせぬ…」
真魚は翔に何かを伝えようとしていた。
「本来の使命?」
翔はその言葉に惹かれた。
「人は憎しみを生むために、生まれてくるのでは無い…」
「生命は耀かねばならぬ…」
「未羽は今、それに気付いた…」
「未羽が…」
真魚の言葉で、翔は未羽の変化に気がついた。
「もう、大緒はいらぬだろう…」
(大緒=鷹を繋ぐための紐)
「自由に空を舞う鳥は美しい…」
「そうは思わぬか…」
真魚が翔にそう言った。
未羽の楽しそうな笑顔が浮かんだ。
未羽の耀きに、翔は触れていた。
「お主は他人のくせに、人の妹の心配をするのか…」
翔は、真魚の言葉に自らを笑った。
「生命は耀かねばならぬ…か…」
「本当におかしな貴族だ…」
そして、真魚の行動に呆れていた。
「帰るぞ!」
嵐がそう言った。
「わっ!」
翔が悲鳴を上げたときには、元の場所にもどっていた。
「まだまだ、こんなものでは無いぞ…」
驚いた翔に、嵐はそれとなく自慢していた。

続く…
-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
実在の人物・団体とは一切関係ありません-