「あなたは、どこまでも真っ直ぐなのね…」
未羽はそう言った。
「私は、父や兄に怯えて生きてきた…」
そして、目を伏せた。
「空がそれを救ってくれた…」
「今から思うと…逃げていたのかも知れない…」
「でも、空がいなかったら、あなたにも出会えていない…」
「人生って不思議よね…」
未羽は、空の頭を撫でた。

「俺も…未羽に会えてよかったよ…」
直人は未羽を見つめた。
「未羽がいなかったら、今頃途方に暮れていたよ…」
「真っ直ぐに…」
「ふふっ、そうかもね…」
直人の言葉に未羽が笑った。
その状況は簡単に想像出来た。
だが、途方に暮れる直人の世界には未羽はいない。
未羽に出会っていないから、途方に暮れているのだ。
自分がいるから直人が笑っている。
未羽はその事実がうれしかった。
誰かの為に何かをする。
真っ直ぐな直人の笑顔を見ていると、救われた。
人にすることは、自分にすることと同じ。
人に何かを教えることは、自分を問いただすこと…
これで良かったのか…
こうしたほうが良いのか…
素直な直人の心に触れると、自らの心も和む。
いつの間にか…
今まで感じた事の無い安らぎが、未羽の中に生まれていた。
「私の中に…こんな気持ちがあるなんて、知らなかった…」
未羽の中には無かったもの…
未羽だけでは生まれなかったもの…
未羽はその感情を、抱きしめていた。
直人に触れ、未羽が生み出した幻想。
そこから感情が生まれていく。
「人ってこうやって変わって行くのかな…」
直人がつぶやいた。
何かに触れて人は変わる。
高きものに触れるか…
低きものに触れるか…
それすらも、自らで選ぶ事が出来る。
高きものに触れるとき…高き所へ…
低きものに触れるとき…低き所に惹かれていく…
自らの生み出す生命。
それが、器の中に蓄えられる。
そして、それが時間では無い、永遠の中で繰り返される。
「そうかも知れない…」
「私は、前の私とは違うもの…」
未羽の中には確信があった。
父や兄の呪縛の外に、自らの世界が存在した。
それは、考えてもいなかったし、想像ができなかった。
だが、その扉を自らで開いた。
直人に触れ、真魚が背中を押した。
変われない自分はもういない。
その時の気持ちはもうない。
未羽は、真っ直ぐな直人の心に触れ、
直人の願いを叶えるために一歩踏み出した。
兄の呪縛から足を踏み出した。
そこには…
想像を遙かに超えた、世界が待っていた。
自らで選んだ世界。
そこは、無限に広がっていた。
自らを広げるためには、何かに触れる事だ。
未羽はそれを体験した。
「自分の世界は、自分にしか変えられない…」
「そして、その力は誰にでも備わっている…」
未羽は自らの体験からそれを学んだ。
「俺も変われた、未羽のおかげだ…」
直人が未羽を見ていた。
「それは、あなたが一歩踏み出したから…」
未羽が微笑んだ。
「でも…」
「あの時の、あなたの顔って…」
笑いがこみ上げ、それ以上しゃべれなくなった。
「なんだよ!」
直人が不機嫌そうだ。
「だって、おかしかったんだもの…」
「初対面の私に、必死に頼むんだもの…」
「ありえないでしょ…」
未羽は目に涙を浮かべていた。
「でも、私の宝物よ…」
未羽が、直人に微笑んだ。
その時の直人の顔は、未羽の記憶の中にしかない。
この世界の中に、たった一つだけだ。
「なんだよ…それ…」
直人は納得出来ない。
まともな顔で無いことは分かっている。
だが、その顔が、未羽の未来を切り拓いた。
直人は、その事実を初めて聞いた。
自分自身が救われような気がしていた。

続く…
-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
実在の人物・団体とは一切関係ありません-