空の宇珠 海の渦 外伝 無欲の翼 その十三 | 空の宇珠 海の渦 

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-そらのうず うみのうず-
空海の小説と宇宙のお話






その夜、真魚は星を眺めていた。
 

森の中で野営をして、一夜を明かすつもりであった。
 

星と言っても、枝の隙間から見える少しの星だ。
 


「動かぬものが、動くものを見せる…」
 

真魚は、星が動いていく様子を楽しんでいた。
 


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木は動かない。
 

時折、枝が風に揺れるだけだ。
 


枝が動けば、星の動きはわからない。

 

動かぬ木が、枝が動いた事実を見せる。

 

だが、風が止めば…



枝の間を、星が少しずつ動いて行くのが分かる。
 


「人の心も同じようなものか…」

 
真魚がそうつぶやいた。
 


自らが動いているときは、人のことなど気にしない。
 

だが、何かに躓き止まってしまった時…
 

人の変化が気になる。
 

その変化を羨み、憎しみに変わったりする。
 


だが、人は変わり続けるのだ。
 

良くも、悪くも…
 


他人から見れば、自らも動いている。



星が動くように、止まることはない。
 


それがこの世の理でもあるのだ。
 


「野兎うまかったなぁ~」
 

嵐がたき火の側で寝転んでいる。
 


「お主は食うことしか頭にないのか?」
 

木の上から声が聞こえた。
 

後鬼であった。
 


「やはりお主らか…」
 

嵐がそう言うと、前鬼と後鬼が空から降ってきた。
 


「爺さん、不覚にも嵐にばれておったぞ…」



「それはいかん、次からは何らかの対策をせねばな…」


後鬼と前鬼が会議を始めた。
 


「何の相談じゃ!」


嵐が二人を窘めた。
 


「お、そうであった…真魚殿、ひとつ分かりましたぞ…」


後鬼が、思い出したかの様に真魚に言った。
 


「ずっと忘れておけばいいのだ…」
 


「なんだって!」
 

「うちらのこの耳は伊達ではないぞ!」


後鬼は、嵐の小言を聞き逃さなかった。


髪を掻き上げて、自らの大きな耳を嵐に見せた。




「何がわかったのだ…」
 

星を見ていた真魚が、話に割って入った。



「怪しい人物が一人…」


前鬼が真魚に告げた。
 


「ほう…」
 


「どうやら…あの田村麻呂と言う男、敵も多そうですな…」

 
後鬼が続いて言った。
 


「そうであろうな…」


「力を持つと言うことは、そういうことだ…」


真魚が身体を起こした。



強い光は、濃い影を生む。
 


あるものを照らすとき、必ず影が出来る。
 


それが、この世の理であり、誰も変えることはできない。
 


「田村麻呂が生み出した影か…」


真魚が、事実をそう見ていた。



「あの男を、憎んでおる者がいるのか?」


「それでは…死んだという鷹は…」
 

嵐は、その事実を結びつけた。
 


「その者の策略じゃろ…」
 

後鬼はそう見ていた。
 


「…と言う事は、直人にも危険が及ぶかも…」



「それは…どうかな…」
 

嵐の考えを真魚が否定した。
 


「その逆かも知れぬぞ…」



「逆…?」


その言葉の意味を、嵐は考えた。
 


「直人が失敗して困るのは、誰だ…?」


真魚の言葉が嵐を導いていく。
 


「田村麻呂か…」


嵐がその答えに辿り着いた。
 


「それが狙いだとすれば…」
 

「直人と言うその男、全く信用されておらぬのか…」
 

後鬼は直人を知らない。
 


「それは…情けない話だな…」


前鬼が、直人に同情している。
 


「その男は、そう思っているようだが…」


「俺はそうは思っていない…」


「真っ直ぐで、鈍感であることは、間違いないがな…」
 

真魚がそう言って、笑みを浮かべた。
 


「何を企んでおる…」
 

「直人に、何かあるのか?」


真魚の笑みの訳を、嵐は知りたかった。
 


「未羽に見とれていたではないか…」
 


「あれは、ただの色ぼけではないのか?」


「それにだな…あの男は未羽に心を…」
 

「待てよ…!」
 

嵐がそこまで言いかけて止まった。
 


「気付いたのか?」


真魚が微笑んでいる。
 


「今、直人には最高の師がついている…」 


「しかも、奴はその師の言う事なら、何でも聞く…」



「未羽…そう言うことか…」


嵐もようやくわかった様だ。
 


「未羽は、波動を感じ、理解している…」
 

「貴族の鷹匠の中に、そんな輩はおるまい…」


真魚はその事実を皆に告げた。
 


「確かに、真魚殿の言うとおりじゃ…」
 

「そのような者は、おりますまい…」


前鬼は、既に事実を確認していた。



「貴族の鷹匠でも知らない事を…」


「未羽が知っているとしたら…」


真魚は、その答えを嵐に求めた。
 


「誰も敵わぬ…と言う事か…」


嵐は、その事実を受け入れていた。



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続く…

-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
    実在の人物・団体とは一切関係ありません-