夕刻になり、直人が呉羽を連れて戻ってきた。
美紗は、畑仕事をしながら待っていた。
直人の姿を見つけると、直ぐに駆けつけた。
「おかえりなさいませ…」
美紗が先に直人に声をかけた。

「お、美紗か!ただいま!」
直人は機嫌がよかった。
「何か…良きことでもありましたか?」
美紗はそのことに直ぐ気付いた。
「えっ、そうかなぁ…」
直人は言葉を濁した。
答えを聞いていない。
美紗の中で、何かが動いた。
「今日、呉羽を連れて帰ろうかと思うんだ…」
「お屋敷にですか?それはどういう…」
直人から出た意外な言葉。
美紗はますます気になった。
「呉羽の事をもっと知りたいんだ…」
直人は呉羽を見て言った。
「母親は、子供を一人にはせぬであろう…」
「そうではございますが…」
「これは私どもの役目でございます…」
美紗の不安はどんどん膨らんで行く。
人は変わり続ける。
だが、その変化は他人には歓迎されない。
好意を抱く相手には、特にその傾向が強くなる。
人には変身願望がある。
変わりたいと願うのが自らの心だ。
だが、好意を抱く者は、変わって欲しくないと願うのだ。
二極の理が、ここにも存在している。
美紗は不安に包まれていた。
呉羽を連れた、直人の後ろ姿を見送った。
今までの直人が何処かに行ってしまう。
そう感じていた。
「どういう風の吹き回しだろ…」
立ち止まった美紗の側に、弟の綾太が来た。
「だけど…何だか楽しそうだったね…」
綾太が言ったその言葉。
それが、美紗の心に突き刺さった。
その痛みに耐えながら、美紗は不安に包まれていた。
直人は呉羽を連れたまま屋敷に帰ってきた。
それほど大きな屋敷ではない。
二つほどの建物があるだけだ。
「あら、直人様、その鷹はどうするおつもりですか?」
「どうするも何も一緒に暮らすのさ…」
「ご一緒に?鷹とですか?」
年配の端女が直人の行動に驚いていた。
女系の貴族を世話をするのが、端女の仕事だ。
だが、ここは都とは違う仕組みで動いているようだ。
直人にとっては、母のような存在であろう。
「鷹飼いの衆に、任せておけば良いではございませんか?」
「菖蒲には分からぬだろうなぁ…」
「俺は、呉羽の心を知りたいのだ…」
直人は呉羽を見て笑っていた。
「その鷹の心を…でございますか?」
菖蒲は鷹に心があるとは思っていない。
「私も長い間おりますが…」
「そんな事をおっしゃられたのは、直人様が初めてです…」
直人の考えは、菖蒲の考えの外側にあった。
「そうだ、菖蒲、藁を少し頼む、呉羽の下に敷きたいのだ…」
「はい、はい…かしこまりました…」
菖蒲は呆れたように、屋敷の奥に消えた。
「未羽はいつも空と一緒だ、俺もそうしてみるよ…」
遠くにいる未羽に話しかけるように直人は言った。
心が躍っている。
楽しくてしょうがない。
直人は変わって行く自分を、楽しんでいた。

続く…
-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
実在の人物・団体とは一切関係ありません-