村は川を挟んで両側に分かれていた。
谷間の村はこの形になることが多い。
真ん中に橋が架かっている。
橋は、川幅の狭い所に作られる。
この橋も例外ではなく、そう言う場所にかけられていた。
吊り橋のように見えるが、基本は木材を組んだ造りになっていた。
何度か直しているうちに、今の形になったのだろう。
菜月の家は、その橋の近くにあった。

山の斜面が直ぐ側まで迫っている。
そのために平地が少なく、田畑の面積は限られてしまう。
菜月の家以外にも、数軒が建っているだけであった。
「私の家はここ、あっちが谺の家よ」
その中に、谺という男の家もあるようだ。
菜月は、指を指して真魚に説明をした。
「この水はどこから来ている?」
家の側に水の流れがあった。
「あっちに岩の裂け目があって、そこから湧き出しているの」
「ほう…」
真魚は菜月の指さす方を見た。
「そう言うことか…」
真魚がつぶやいた。
「こっちよ!」
入り口に案内された。
「睦月、睦月、あれ?」
菜月の妹は睦月と言うらしい。
その妹は家にはいなかった。
「親はどうした?」
真魚が菜月に聞いた。
「畑に行ってる筈だけど…」
そう言いながら菜月は考えていた。
「一緒ではないのか?」
睦月の行きそうな場所。
「たきばあちゃんの所か、泉ね…」
菜月はそう考えた。
真魚は目を閉じていた。
何かを感じ取っていた。
「先に、泉に行くぞ…」
目を開けた真魚が笑みを浮かべていた。
「お主、また良からぬ事を考えておるな…」
嵐が真魚の笑みを見て言った。
「全く、お主という奴はどこまで関われば気が済むのじゃ…」
嵐が呆れている。
「お主も、『いずれ見せてやる』と約束していたではないか?」
真魚が嵐を見て笑った。
真魚達が言っていることは、直ぐ先の未来のことでは無い。
その向こうの未来だ。
仲の良い友達同士では、時々こういうことが起こる。
だが、本人達は気づいていない。
廻りからは、変だと思われている筈だ。
菜月は、二人のかみ合わない会話に戸惑っていた。
「泉に…行ってみる?」
かろうじて出た言葉がそれであった。
水の流れを追って山の斜面を登っていった。
気がつくと、菜月の家は木に隠れて見えなくなっていた。
「ここよ!」
小さな滝がそこにあった。
「ほう…」
真魚が驚いていた。
「真魚、これは…」
嵐が真魚を見て言った。
溢れる霊気。
岩の裂け目からそれは出ていた。
「いないわね…行きましょう…」
「待て…」
菜月が行こうとしたとき、真魚が止めた。
「こっちだ…」
真魚が歩き始めた。
「そっちは、何も…」
菜月の声は真魚には届かない。
滝の側の岩を登る。
登り切ったその向こうにそれはあった。
岩の裂け目。
無理をすれば、大人でもかろうじて通れる程の裂け目だ。
「ここだ…」
「こんな所に睦月がいるって言うの…?」
真魚の言うことを、菜月は信じられないでいた。
「私も…ここは知らなかった…」
もし、睦月がいたとしたら…
初めて村に来た真魚が、菜月より先に知った事になる。
菜月はその事にも驚いていた。
「嵐なら楽に行けるであろう?」
真魚が笑っている。
「お、俺が行くのか?」
「その前に真魚、何か忘れていないか?」
嵐が言った。
「飯のことか…」
「後でとはいかぬのか…」
真魚が笑っている。
くん、くん。
嵐が鼻を動かして霊気を吸った。
「ま、良かろう…」
嵐が岩の裂け目から中に入っていった。

続く…
-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
実在の人物・団体とは一切関係ありません-