空の宇珠 海の渦 外伝 精霊の叫び その三 | 空の宇珠 海の渦 

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-そらのうず うみのうず-
空海の小説と宇宙のお話






はははっ!
 

崑が笑っていた。
 

「あの(ばばあ)のたわ言を信用するのか!」
 

崑はあざ笑うかのように言った。
 


「確かめて見ぬと分からぬ…」
 

真魚は平然と言った。
 

「お主は、精霊を信じているのか!」



崑はそう言ってまた笑った。
 



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「確かめるってどういうこと?」


菜月が、真魚のその言葉に捕まえられた。
 


「菜月、お前まで何だ!」



よそ者を笑い飛ばす。
 

そうしようと考えていた。
 

崑という男の底は見えた。
 



「信じぬ者には見えぬ…」
 

真魚はそう言って崑を見た。
 


「見えるの?」


菜月の顔は真剣であった。



「見えると言ったらどうする?」


真魚は菜月の中に何かを感じた。
 


「ちょっと来て!」
 

菜月は真魚の袖を引っ張った。
 


「見知らぬ男だぞ…いいのか?」
 

崑は菜月の行動を笑い飛ばした。
 


「悪い男はね、子犬なんか連れていないものよ!」


菜月は崑を哀れんだ。
 


「谺~またね~!」


真魚を連れてその場を離れた。
 


谺は菜月の声で気がついた。
 

菜月が見知らぬ男と歩いて行く。
 

その男の袖を引っ張っている。
 


「何を考えているんだ、菜月は…」


谺は菜月の考えを理解出来なかった。





 
真魚達は、木樵の作業場を離れ、村に向かっていた。



「あの男がいると、調子が狂ちゃう…」  


「全く、茶化すことしかしないんだから…」
 


菜月はぶつぶつ文句を言っている。



「あっ!」


菜月は、真魚の袖を引っ張り続けていることに気がついた。
 


「ごめんなさい、つい…」



「あの男が相当嫌いなようだな…」


真魚は菜月の心を見ていた。
 


「大っ嫌い!」
 

感情の波動に込めたその言葉は、見事なものであった。
 


真魚は呆れて笑っている。
 



「ところで、獣の叫び声を聞いた事があるか」



真魚が話を切り替えた。
 


「あるけど…」
 

菜月は真魚の質問を不思議に感じていた。 



「いつからだ…」


「いつから…?」


真魚のその問いに菜月が戸惑った。
 


「いつからだろう…」


菜月は考え込んだ。
 


思い出せない。
 


気がついた時には聞こえていた。
 


「それほど前と言うことか…」




真魚は菜月の様子からそう読み取った。
 


「かなり前からだと思うけど…」
 



「鉄が取れなくなった頃か…」



「えっ!」


菜月はその言葉に驚いた。



「どうしてその事を…」


「あなた、本当はお役人様?」



菜月は真魚の姿を改めて見た。
 


「そう見えるのか?」


真魚のその問いに、菜月は首を横に振った。
 


「それで、さっきの話だけど…」



「精霊の話か…」



「そ、そう」



「誰かいるのか、見える者が…」



真魚は菜月を見た。
 


菜月は立ち止まった。
 


「妹が…たきばあちゃんと同じ事を言うの…」
 


「いいのか?俺にそんな事を言っても…」
 


「あなただから言えるのよ、村の人には言えない…」
 

菜月は黙り込んだ。
 


「あのばあさん、嫌われているのか?」
 

菜月と崑の話から真魚はそう感じていた。
 


「かなり昔…言ったことが一度だけ当たったの…」
 

「でも、最近は全く当たらなくなった…」

 

菜月の想いはそうでは無いらしい。
 


「当たらなければ、ただのたわごとか…」 


真魚はそう言って笑った。
 


「たまたま当たったのか、たまたま外れたのか…」
 

「菜月はどっちだと思うのだ?」
 


「私は、たきおばあちゃんを信じてるの、妹も同じ…」
 


「だけど、村の人はもう相手にしない…」
 

菜月はその事実を悲しんでいた。
 


「だから、妹にも誰にも言うなって…」
 


「なるほど…」
 

真魚は笑みを浮かべた。
 


ぐうぅっぅ~ 



「何の音!」


菜月がその音に驚いた。
 

「真魚よ、そろそろ飯の時間ではないのか?」
 

その声は真魚の足下から聞こえてきた。
 


「まさか!」


菜月は嵐を見た。
 

まぶたが全開であった。
 


「俺はもう我慢の限界なのだ!」



「い、犬が喋った…!」


とうとう口まで全開になった。
 


「言っておくが、俺は犬では無い!神だ!」
 

子犬の嵐がそう言った。
 


「か、神様…?」


菜月が嵐を指さして真魚を見た。
 


(らん)という」



「本当なんだ…」

 
菜月は真魚の態度でそう感じた。
 

「本当に、神様っていたの…」


だが、菜月は信じられなかった。
 


「神の声が聞こえるのであれば…」


「精霊の声も聞こえるのではないのか?」


真魚は菜月に問うた。
 


「更に言っておくが、今は仮の姿じゃ…」
 

「いずれ本来の姿を見せてやる…」



「見せてやるって…」
 

菜月は嵐の言葉の意味を理解出来なかった。
 


「妹に話を聞いてみるか…」


真魚がそう言って笑みを浮かべた。
 

その言葉で、菜月の波動が広がった。
 

「きっと、喜ぶわ…」


菜月は、何かが変わって行くような気がしていた。



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続く…

-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
    実在の人物・団体とは一切関係ありません-