今にも雨が降り出しそうであった。
その空は東子の心であった。
東子は釣殿で庭を眺めていた。
紗那はしばらく来ない。
愛しさと不安が募っていく。

一つ気がかりなこともあった。
兄の仲成の様子がおかしいのだ。
明らかに何かを隠している。
その事実が更に東子を追い込んでいく。
「!」
庭が一瞬華やいだ。
そう感じたような気がした。
その理由は分からない。
見た目には変わった様子はない。
だが、確かに違う。
そう思った瞬間から、世界は変わっていく。
「あれは…」
門から一人の男が入ってきた。
肩に黒い棒の様なものを担いでいる。
その男の足下を、纏わり付くように子犬が歩いていた。
「兄の知り合い…」
仲成の付き人が案内している。
そうは思えない。
兄があのような方と関わりがあるはずがない。
東子はそう思った。
その理由はその男の輝きであった。
兄とは違う。
着物は薄汚れているようだが、溢れるものは疑う余地がなかった。
「誰なの…」
東子はその男が気になっていた。
庭の石畳の上を嵐が歩いている。
喋りたくて堪らない。
だが、ここは我慢だ。
その我慢が行動に出る。
真魚の足下をくるくると回っている。
「嵐、もう少しの我慢だ…」
真魚の口元に笑みが浮かんでいる。
真魚は笑いを懸命に堪えていた。
「仲成様がお待ちでございます」
寝殿の前の庭に案内された。
その寝殿の階段に仲成は腰をかけていた。
「仲成様、お連れいたしました」
付き人が真魚の両側に立っている。
そして、背中にもう一人。
あの夜の三人が揃っていた。
しかも、仲成を含め全ての者が帯刀している。
自らの屋敷の中で本来なら有り得ない。
それだけのことがあったのだ。
言葉による祟りは、確実に仲成を蝕んでいた。
「どういう用件だ…」
仲成はそう言って探りを入れる。
だが、焦っている。
真魚の名を聞くことさえ忘れている。
「この辺りに怪しい気配が漂っていたもので…」
「なにか、お困りのことでもと…」
真魚は全く無いことを、実際に有るように言った。
「ふむ…」
仲成は拳を顎に当て考えているふりをした。
だが、これで真魚のことを信用したわけではない。
「お主は陰陽師か何かか…?」
仲成にはその肩書きが必要な様である。
「陰陽師ではございませんが、そのようなもので…」
「ほう…」
仲成はなかなか信用しない。
感心したふりをしているだけだ。
人を殺めた事実が仲成を縛っている。
だが、実際は紗那は生きている。
仲成がそう思い込んでいるだけだ。
その事実をこの得体の知れぬ男に話さなければならない。
それは、仲成自身の首を絞めることになる。
「何か術を見せてもらえぬか…」
仲成はそれで覚悟を決めるようであった。
「では…」
真魚がそう言って庭に座り、印を組んだ。
真言を唱える。
真魚の波動が広がっていく。
「ああ…」
誰かが声を上げた。
あの夜、神を畏れなかった若い付き人であった。

続く…
-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
実在の人物・団体とは一切関係ありません-