空の宇珠 海の渦 外伝 心の扉 その十五 | 空の宇珠 海の渦 

空の宇珠 海の渦 

-そらのうず うみのうず-
空海の小説と宇宙のお話






今にも雨が降り出しそうであった。
 

その空は東子の心であった。
 

東子は釣殿で庭を眺めていた。
 

紗那はしばらく来ない。
 

愛しさと不安が募っていく。




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一つ気がかりなこともあった。
 

兄の仲成の様子がおかしいのだ。
 

明らかに何かを隠している。
 

その事実が更に東子を追い込んでいく。



「!」


庭が一瞬華やいだ。
 

そう感じたような気がした。



その理由は分からない。
 


見た目には変わった様子はない。
 

 
だが、確かに違う。
 


そう思った瞬間から、世界は変わっていく。
 


「あれは…」


門から一人の男が入ってきた。 


 
肩に黒い棒の様なものを担いでいる。
 

その男の足下を、纏わり付くように子犬が歩いていた。
 


「兄の知り合い…」
 

仲成の付き人が案内している。



そうは思えない。
 


兄があのような方と関わりがあるはずがない。
 


東子はそう思った。 



その理由はその男の輝きであった。
 


兄とは違う。
 


着物は薄汚れているようだが、溢れるものは疑う余地がなかった。 
 


「誰なの…」



東子はその男が気になっていた。
 








庭の石畳の上を嵐が歩いている。
 

喋りたくて堪らない。

 

だが、ここは我慢だ。
 


その我慢が行動に出る。

 
真魚の足下をくるくると回っている。
 


「嵐、もう少しの我慢だ…」
 

真魚の口元に笑みが浮かんでいる。


真魚は笑いを懸命に堪えていた。
 



「仲成様がお待ちでございます」


寝殿の前の庭に案内された。



その寝殿の階段に仲成は腰をかけていた。
 

「仲成様、お連れいたしました」



付き人が真魚の両側に立っている。
 

そして、背中にもう一人。
 

あの夜の三人が揃っていた。


 
しかも、仲成を含め全ての者が帯刀している。
 

自らの屋敷の中で本来なら有り得ない。
 

それだけのことがあったのだ。
 

言葉による祟りは、確実に仲成を蝕んでいた。
 


「どういう用件だ…」


仲成はそう言って探りを入れる。
 


だが、焦っている。
 


真魚の名を聞くことさえ忘れている。
 


「この辺りに怪しい気配が漂っていたもので…」


「なにか、お困りのことでもと…」


真魚は全く無いことを、実際に有るように言った。
 


「ふむ…」


仲成は拳を顎に当て考えているふりをした。
 

だが、これで真魚のことを信用したわけではない。


 
「お主は陰陽師か何かか…?」


仲成にはその肩書きが必要な様である。
 


「陰陽師ではございませんが、そのようなもので…」



「ほう…」


仲成はなかなか信用しない。
 

感心したふりをしているだけだ。


 
人を殺めた事実が仲成を縛っている。
 

だが、実際は紗那は生きている。
 

仲成がそう思い込んでいるだけだ。
 


その事実をこの得体の知れぬ男に話さなければならない。
 

それは、仲成自身の首を絞めることになる。
 


「何か術を見せてもらえぬか…」


仲成はそれで覚悟を決めるようであった。
 

「では…」


真魚がそう言って庭に座り、印を組んだ。
 


真言を唱える。
 

真魚の波動が広がっていく。
 


「ああ…」


誰かが声を上げた。
 


あの夜、神を畏れなかった若い付き人であった。



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続く…

-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
    実在の人物・団体とは一切関係ありません-