田村麻呂の頭上で生まれた闇は倭の兵に向かっていく。
このままだと川を渡れなかった兵が危ない。
まだ、一万ほどの兵が残されている。
「真魚!」
嵐が叫ぶ。
「最近静かだと思っていたが…」
「これが狙いだったのか!」
そう言いながらも真魚は笑っている。
「全て闇に引き込もうとする気か!」
嵐もすぐその事に気づいていた。
倭の兵も迫り来る異変に気づいていた。
「ん、なんだあれは!」
「黒い竜だ!」
「に、逃げろ!」
![]5_yamiryu_530](https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fblog-imgs-72.fc2.com%2Fk%2Fu%2Fk%2Fkukai835%2F2015022011252460a.jpg)
倭の兵は逃げ出した。
各が生きる方法を模索する。
迫り来る恐怖に絶望する者もいる。
足が止まる。
闇にとっては好都合だ。
闇の龍は、逃げ遅れた倭の兵を飲み込んでいく。
闇に触れた者は絶望の淵を覗くことになる。
自らが作り出した恐怖と絶望。
それ以上のものはない。
蝦夷の連合軍も山賊たちも異変に気がついた。
「なんだ!」
阿弖流為は頭痛がしていた。
ただの竜巻ではない。
覚えがある。
この感じ…
山賊の村に行く途中…
「皆、逃げろ!直ぐにここから離れろ!」
蝦夷の連合軍と戦っていた倭の兵も逃げた。
蝦夷も倭もない。
そこには逃げ惑うただの人間たちがいた。
人智を超えたものの前で人は本来の姿に還る。
「阿弖流為、逃げるぞ!」

黒い龍を見つめる阿弖流為に、母礼が声をかける。
「見たことがある…」
阿弖流為が言った。
「何だと?」
母礼は、阿弖流為の言葉の意味がわからない。
「ただの竜巻ではないか?」
「違う…」
母礼の言葉を阿弖流為は否定した。
「ただの竜巻などではない…」
「これは命そのものを食らう…」
阿弖流為は震えていた。
「お主、震えておるのか…」
母礼はその姿を見て、これが何であるのかを理解した。
「お主が、震える姿など見たことがない」
どんな敵でも勇敢に立ち向かう。
逃げることなどしない。
歴戦の勇士である阿弖流為が震えているのである。
阿弖流為は動くことが出来なかった。
震えているのは自分でもわかっている。
だが、恐怖で動けないのではない。
身体の中からわき上がる何かに支配されていた。
死そのものと向き合っている。
逃げることよりも触れてみたいという欲望と戦っていたのだ。
「阿弖流為ここは危険だ!」
母礼が阿弖流為に触れた瞬間、その呪縛が解けた。
母礼の腹の辺りが光っている。
阿弖流為も同じ所が光っていた。
「もしや…」
母礼は懐に手を入れた。
それは紫音がくれたお守りであった。
「紫音…」
― これがあなたたちを守る ―
「またお主に救われたな…」
母礼は紫音の笑顔を思い浮かべていた。
続く…