「おのれ!」
田村麻呂は雨の中で打ち震えた。
取り残された兵は戻らない。
それほど戦局は決定的であった。
自分を責めた。
自分を呪った。
「あの時、気づいておれば…」
カタ、カタ、カタ…
何か音がが鳴った。
カタ、カタ、カタ…
それは腰にある刀であった。
黒漆大刀。
帝からもらった刀だ。
それが鳴っている。
怒りがこみ上げる。
憎しみが増幅する。
田村麻呂は我を忘れた。
刀に触れた。
力が溢れてくる。
柄を握った。
その力が田村麻呂を支配した。
力に酔った。
その高揚感に全てを忘れた。
心地よさに身を委ねた。
気がつくと刀を抜いていた。

突然辺りが暗くなった。
頭上に黒い玉が現れた。
それはどんどん大きくなっていく。
戦場の恐怖を吸い込んでいく。
絶望を食べていく。
大きくなりながらゆっくりと渦を巻いていく。
「田村麻呂様!」
その時初めて周りの武官たちが気づいた。
「田村麻呂様!お逃げください!」
正体はわからない。
だが危険であることは間違いなかった。
田村麻呂を連れて行こうとするが、何かに縛り付けてあるかのように動かない。
何度か試みたが効果がないと知ると自分たちだけ逃げた。
「田村麻呂か!」
突如現れた巨大な闇。
そのきっかけが田村麻呂であることに疑う余地はなかった。
「嵐!」
嵐は真魚を乗せて飛んだ。
田村麻呂の前まで一呼吸もかからない。
田村麻呂はすでに正気ではなかった。
刀に心を奪われていた。
「これが…力か…」
刀身を見つめる田村麻呂の焦点が合っていない。
そうしている間にも頭上の闇は大きくなっていく。
「真魚、どうする?」
嵐が聞いた。
「この男を殺す訳にはいかない…」
正気ではない田村麻呂を倒すことはたやすい。
問題はこの刀だ。
既に田村麻呂と繋がっている。
引き寄せた闇と共に…
真魚が眉を顰めた。
『私に任せておけ』
美しい声がした。
その瞬間、雷が落ちた。
田村麻呂が持つ刀が光った。
田村麻呂はそのまま崩れ落ちた。
「すまぬ」
その声に礼を言った。
真魚は急いでその手から刀を外し鞘に収めた。
手刀印を組み呪を唱えた。
真魚の手にが霊力が集まる。
それを刀に流し込んだ。
そのまま腰の瓢箪に入れた。
「嵐、田村麻呂を安全な場所まで運んでくれ」
「わかった」
嵐がそう言うと田村麻呂を咥えて飛んだ。
そして、一瞬で真魚の元に戻ってきた。
頭上の闇の渦が大きくなった。
速さも増した。
戦場の全てを飲み込んでいく。
それは、生きる力を奪う黒い竜巻であった。

続く…