空の宇珠 海の渦 第五話 その五十三 | 空の宇珠 海の渦 

空の宇珠 海の渦 

-そらのうず うみのうず-
空海の小説と宇宙のお話




「おのれ!」

田村麻呂は雨の中で打ち震えた。
 
取り残された兵は戻らない。
 
それほど戦局は決定的であった。
 

自分を責めた。
 

自分を呪った。


「あの時、気づいておれば…」


カタ、カタ、カタ…

 
何か音がが鳴った。


カタ、カタ、カタ…


それは腰にある刀であった。
 

黒漆大刀。
 

帝からもらった刀だ。
 

それが鳴っている。
 

怒りがこみ上げる。
 

憎しみが増幅する。
 

田村麻呂は我を忘れた。
 

刀に触れた。
 

力が溢れてくる。
 

柄を握った。
 

その力が田村麻呂を支配した。
 

力に酔った。
 

その高揚感に全てを忘れた。
 

心地よさに身を委ねた。
 

気がつくと刀を抜いていた。
 


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突然辺りが暗くなった。
 

頭上に黒い玉が現れた。
 

それはどんどん大きくなっていく。
 

戦場の恐怖を吸い込んでいく。
 

絶望を食べていく。
 

大きくなりながらゆっくりと渦を巻いていく。


「田村麻呂様!」


その時初めて周りの武官たちが気づいた。


「田村麻呂様!お逃げください!」


正体はわからない。


だが危険であることは間違いなかった。


田村麻呂を連れて行こうとするが、何かに縛り付けてあるかのように動かない。


何度か試みたが効果がないと知ると自分たちだけ逃げた。







「田村麻呂か!」

突如現れた巨大な闇。
 
そのきっかけが田村麻呂であることに疑う余地はなかった。
 
「嵐!」
 
嵐は真魚を乗せて飛んだ。
 

田村麻呂の前まで一呼吸もかからない。


田村麻呂はすでに正気ではなかった。
 

刀に心を奪われていた。
 

「これが…力か…」
 

刀身を見つめる田村麻呂の焦点が合っていない。
 
そうしている間にも頭上の闇は大きくなっていく。
 

「真魚、どうする?」
 
嵐が聞いた。
 

「この男を殺す訳にはいかない…」


正気ではない田村麻呂を倒すことはたやすい。
 

問題はこの刀だ。
 


既に田村麻呂と繋がっている。
 
引き寄せた闇と共に…


真魚が眉を顰めた。
 


『私に任せておけ』
 
美しい声がした。
 

その瞬間、雷が落ちた。



田村麻呂が持つ刀が光った。
 

田村麻呂はそのまま崩れ落ちた。
 
「すまぬ」
 

その声に礼を言った。
 

真魚は急いでその手から刀を外し鞘に収めた。
 

手刀印を組み呪を唱えた。
 

真魚の手にが霊力(エネルギー)が集まる。


それを刀に流し込んだ。
 

そのまま腰の瓢箪に入れた。
 

「嵐、田村麻呂を安全な場所まで運んでくれ」

「わかった」

嵐がそう言うと田村麻呂を咥えて飛んだ。
 

そして、一瞬で真魚の元に戻ってきた。
 

頭上の闇の渦が大きくなった。
 
速さも増した。
 
戦場の全てを飲み込んでいく。
 
それは、生きる力を奪う黒い竜巻であった。



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続く…