蝦夷の連合軍は川岸に追い込まれていく。
有利と感じた倭の軍は勢いを増した。
「このまま川に追い詰めろ!」
指揮官らしき者の声が聞こえる。
うおおおお~
波動が増幅する。
倭が息を吹き返した。
「母礼!」
阿弖流為が叫んだ。
馬を走らせる。
母礼は刀で応戦している。
槍が相手では接近戦は不利だ。
阿弖流為が走り込んできた。
その瞬間に倭の兵が消えた。
阿弖流為が放った矢が倭の兵を貫いた。
「すまん!」
「次だ!」

阿弖流為は礼を言う母礼を尻目に馬を走らせた。
「行くぞ!」
母礼も続く。
蝦夷の連合軍は二人について馬を走らせた。
倭の網が閉じようとしている。
蝦夷の連合軍は二つに割れた。
そして、それぞれが別方向に向かった。
川上と川下。
倭が閉じようとしている網の端を抜けて行った。
それに釣られて倭の軍も割れた。
追いかける。
有利であった戦いが、このままでは無駄になる。
皆がそう考えた。
「追え!逃がすな!」
指揮官の声が、更にその気持ちを高ぶらせる。
蝦夷の戦力が二つに割れた。
だが、倭の軍も二つに割れたのだ。
川上と川下に人の渦が流れていく。
蝦夷の連合軍は倭の網をすり抜けた。
そして、考えもしなかった行動に出た。
ある場所に差しかかった瞬間、方向を変えた。
そして、川を走った。
川の中を馬は飛んだ。
そこは浅瀬であった。

蝦夷の連合軍はあっという間に川を越えてしまった。
倭の軍が追いかける。
だが、水の中にある浅瀬がわからない。
川向こうまではかなりの距離がある。
渡ろうとするが流された。
思うように渡ることが出来なかった。
簡単に渡れる場所を見つけるのに時間がかかった。
倭の軍が渡り始めた頃、蝦夷の軍は次の行動に出ていた。
矢が飛んできた。
川を渡っている倭の兵は簡単に標的となった。
致命傷を負わないまでもどんどん流されていく。
川岸にたどり着く者は少ない。
たどり着いたとしても味方はいない。
倭の兵は戦意を喪失していく。
高めた気持ちが絶望に変わっていく。
戦場に絶望の波動が溜まっていく。
だが、しばらくすると蝦夷の連合軍も矢を撃ち尽くした。
すると、今度は川岸から離れ奥に走り出した。
川岸に蝦夷の姿が消えたのを見てから倭は動き出した。
「今だ!いけ!川を渡れ!」
指揮の声と共に川を渡り始めた。
その頃には渡れる場所を見つけていた。
人が手を広げて二人分。
そこを外せば川の流れに流される。
だが、場所さえわかれば簡単であった。
簡単な事でも、知らないと言うだけでこれほどの差が生まれるのだ。
同じ事が川上でも起きていた。
倭の兵は戦えなくなった者が増えた。
既に戦力は二割方消えた。
「阿弖流為…やるではないか…」
田村麻呂はやっと気づいた。
背水の陣ではなかった。
油断させる為の罠だったのだ。
「さすがの俺も騙されたというわけか」
田村麻呂は不敵な笑みを浮かべていた。
続く…