空の宇珠 海の渦 第五話 その五十一 | 空の宇珠 海の渦 

空の宇珠 海の渦 

-そらのうず うみのうず-
空海の小説と宇宙のお話




蝦夷の連合軍は川岸に追い込まれていく。
 
有利と感じた倭の軍は勢いを増した。
 
「このまま川に追い詰めろ!」
 
指揮官らしき者の声が聞こえる。
 

うおおおお~
 
波動が増幅する。
 
倭が息を吹き返した。
 

「母礼!」
 
阿弖流為が叫んだ。
 
馬を走らせる。
 
母礼は刀で応戦している。
 
槍が相手では接近戦は不利だ。
 
阿弖流為が走り込んできた。
 
その瞬間に倭の兵が消えた。
 
阿弖流為が放った矢が倭の兵を貫いた。
 

「すまん!」
 
「次だ!」


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阿弖流為は礼を言う母礼を尻目に馬を走らせた。
 

「行くぞ!」
 
母礼も続く。
 

蝦夷の連合軍は二人について馬を走らせた。
 
倭の網が閉じようとしている。
 
蝦夷の連合軍は二つに割れた。
 
そして、それぞれが別方向に向かった。
 
川上と川下。
 

倭が閉じようとしている網の端を抜けて行った。
 
それに釣られて倭の軍も割れた。
 
追いかける。
 
有利であった戦いが、このままでは無駄になる。

皆がそう考えた。
 

「追え!逃がすな!」
 
指揮官の声が、更にその気持ちを高ぶらせる。
 

蝦夷の戦力が二つに割れた。
 
だが、倭の軍も二つに割れたのだ。
 

川上と川下に人の渦が流れていく。
 

蝦夷の連合軍は倭の網をすり抜けた。
 
そして、考えもしなかった行動に出た。


ある場所に差しかかった瞬間、方向を変えた。
 

そして、川を走った。
 

川の中を馬は飛んだ。
 

そこは浅瀬であった。
 

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蝦夷の連合軍はあっという間に川を越えてしまった。
 

倭の軍が追いかける。
 

だが、水の中にある浅瀬がわからない。


川向こうまではかなりの距離がある。
 

渡ろうとするが流された。
 

思うように渡ることが出来なかった。
 
簡単に渡れる場所を見つけるのに時間がかかった。
 

倭の軍が渡り始めた頃、蝦夷の軍は次の行動に出ていた。
 
矢が飛んできた。
 

川を渡っている倭の兵は簡単に標的となった。
 

致命傷を負わないまでもどんどん流されていく。
 
川岸にたどり着く者は少ない。
 

たどり着いたとしても味方はいない。
 

倭の兵は戦意を喪失していく。
 
高めた気持ちが絶望に変わっていく。
 
戦場に絶望の波動が溜まっていく。
 

だが、しばらくすると蝦夷の連合軍も矢を撃ち尽くした。
 
すると、今度は川岸から離れ奥に走り出した。
 

川岸に蝦夷の姿が消えたのを見てから倭は動き出した。
 


「今だ!いけ!川を渡れ!」
 

指揮の声と共に川を渡り始めた。
 
その頃には渡れる場所を見つけていた。
 

人が手を広げて二人分。
 

そこを外せば川の流れに流される。
 
だが、場所さえわかれば簡単であった。
 
簡単な事でも、知らないと言うだけでこれほどの差が生まれるのだ。
 

同じ事が川上でも起きていた。
 
倭の兵は戦えなくなった者が増えた。
 
既に戦力は二割方消えた。


「阿弖流為…やるではないか…」

田村麻呂はやっと気づいた。
 

背水の陣ではなかった。
 
油断させる為の罠だったのだ。
 

「さすがの俺も騙されたというわけか」
 
田村麻呂は不敵な笑みを浮かべていた。



続く…