空の宇珠 海の渦 第五話 その五十 | 空の宇珠 海の渦 

空の宇珠 海の渦 

-そらのうず うみのうず-
空海の小説と宇宙のお話




蝦夷の攻撃もそう長くは続かなかった。
 
倭の矢に当たり負傷する者もいた。
 

じわじわと川の方に追い詰められていく。
 

「もう逃げ場がないぞ、どう出る阿弖流為」 

田村麻呂はそう言いながらも、あることに気がついた。
 

「もしや、わざと引いておるのか!」

川沿いに陣を取った意図に田村麻呂は気づいた。


「だが、川を背にしてどう戦うのだ!」
 

何かある。
 

そうは思うがその先は見えなかった。
 

「このまま倭の網にかかるのか…」
 
「簡単ではなかろう…」

田村麻呂にはまだ余裕があった。
 




 
「蝦夷が押され始めたぞ!」
 
「このままだと後ろは川だぞ!」
 
嵐が真魚に言った。
 

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「これからだ」
 
真魚には先が見えていた。
 
「蝦夷に何か策があるというのだな」

「ある」
 
「それは田村麻呂も気づいている」
 

真魚には余裕が感じられた。
 
嵐は真魚を見て安心した。
 

「俺はいつでも行けるぞ!」
 
嵐は興奮していた。
 

蝦夷の大地に渦巻く波動。
 

それがどんどん大きくなっていく。
 
「だが、これほどとはな…」
 

真魚が驚いていた。
 

真魚の予想を遙かに超えた波動であった。
 

「嵐が興奮するのもわかる」


神が興奮するのだ。
 

この波動は全てを狂わす。
 

真魚にかすかな不安がよぎった。





紫音たちはまだ山の中を歩いていた。


村人の疲れが限界に来ている。
 

登りばかりであった道がだんだんと下りが多くなってきた。


今はただそれだけが救いになっていた。


「待って!」
 
紫音が叫んだ。
 
先頭の御遠を止めた。
 
「始まった…」
 
紫音が言った。
 
「戦…」

御遠も感じた。
 

二人が目を閉じている。
 
何かを感じようとしている。
 

「大丈夫、母礼は帰ってくる」
 
御遠が言った。
 
「知っていたの?」
 
紫音が笑った。
 
「あなたのことなら何でもね!」
 
御遠がそう言って笑った。
 

「真魚もいる!」
 
「嵐もいる!」

紫音は自分に言い聞かす。


「行きましょう」
 
紫音が言った。
 
「みんなの帰る所がいる」

「それが今の私に出来ること…」

紫音の決意は固い。


御遠に紫音の気持ちが伝わった。


「強くなったわね、紫音」


御遠は感じていた。
 

美しい紫音の音色を…。
 

その波動は蝦夷の未来をつくる。
 

御遠は紫音を信じていた。
 

「私にも…見える!」
 

御遠も蝦夷の未来を感じていた。


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続く…