蝦夷の攻撃もそう長くは続かなかった。
倭の矢に当たり負傷する者もいた。
じわじわと川の方に追い詰められていく。
「もう逃げ場がないぞ、どう出る阿弖流為」
田村麻呂はそう言いながらも、あることに気がついた。
「もしや、わざと引いておるのか!」
川沿いに陣を取った意図に田村麻呂は気づいた。
「だが、川を背にしてどう戦うのだ!」
何かある。
そうは思うがその先は見えなかった。
「このまま倭の網にかかるのか…」
「簡単ではなかろう…」
田村麻呂にはまだ余裕があった。
「蝦夷が押され始めたぞ!」
「このままだと後ろは川だぞ!」
嵐が真魚に言った。

「これからだ」
真魚には先が見えていた。
「蝦夷に何か策があるというのだな」
「ある」
「それは田村麻呂も気づいている」
真魚には余裕が感じられた。
嵐は真魚を見て安心した。
「俺はいつでも行けるぞ!」
嵐は興奮していた。
蝦夷の大地に渦巻く波動。
それがどんどん大きくなっていく。
「だが、これほどとはな…」
真魚が驚いていた。
真魚の予想を遙かに超えた波動であった。
「嵐が興奮するのもわかる」
神が興奮するのだ。
この波動は全てを狂わす。
真魚にかすかな不安がよぎった。
紫音たちはまだ山の中を歩いていた。
村人の疲れが限界に来ている。
登りばかりであった道がだんだんと下りが多くなってきた。
今はただそれだけが救いになっていた。
「待って!」
紫音が叫んだ。
先頭の御遠を止めた。
「始まった…」
紫音が言った。
「戦…」
御遠も感じた。
二人が目を閉じている。
何かを感じようとしている。
「大丈夫、母礼は帰ってくる」
御遠が言った。
「知っていたの?」
紫音が笑った。
「あなたのことなら何でもね!」
御遠がそう言って笑った。
「真魚もいる!」
「嵐もいる!」
紫音は自分に言い聞かす。
「行きましょう」
紫音が言った。
「みんなの帰る所がいる」
「それが今の私に出来ること…」
紫音の決意は固い。
御遠に紫音の気持ちが伝わった。
「強くなったわね、紫音」
御遠は感じていた。
美しい紫音の音色を…。
その波動は蝦夷の未来をつくる。
御遠は紫音を信じていた。
「私にも…見える!」
御遠も蝦夷の未来を感じていた。

続く…