目の前に倭がいた。
圧倒的な量で蝦夷に迫る。
その数、数万。
だが、そのほとんどが歩兵だ。
前方は槍、その後ろは弓、そして騎馬兵。
田村麻呂は、少し離れた丘の上に陣取っていた。
一方、蝦夷は千ほどであったが、ほとんどが騎馬だ。
弓と矢、そして腰には蕨手刀を携えている。

太陽が南から少し西に傾いた。
真魚は嵐と共に西側の丘の上で見ていた。
「真魚よ、さすがにこの数は不利ではないか?」
嵐が真魚に言った。
「数は問題ではない、質だ」
「質とは何だ!」
「そのものが持つ力だ」
「なるほどな…」
嵐は考えた。
「そうするとお主は、蝦夷が対等かそれ以上だと考えているのか?」
「そうだ、だが…」
「だが、なんじゃ?」
「未来は常に変化している」
真魚はそう言った。
「予測は不可能だと言うのか?」
「未来は総意だ、皆が摘み取った結果だ」
「全ての総意を測ることは難しいのか…」
嵐はそう感じた。
雲が出てきた。
「一雨あるのか…」
真魚が眉を顰める。
雲に太陽が隠れた。
光が遮られ気温が下がる。
風が吹いた。
その風が蝦夷の大地を走り抜けた。
それが合図だった。
うおおおおおおおお~
うおおおおおおおお~
雄叫びがこだました。
数万の叫びである。
その波動で大気が震えた。
「嵐!」
真魚が叫んだ。
その声で嵐が飛んだ。
倭の軍は横一杯に広がっている。
どうやら両側から包み込んでいく作戦のようだ。
後ろは川だ。
逃げ場がない。
魚の群れを網で囲い込む。
まさに一網打尽というわけだ。
蝦夷の軍は十ほどの隊列を組んで突っ込んでいく。
矢が飛んでくる。
その矢を避けるように二つに割れた。
そして背を向ける様に、反対側に向かって馬を向けた。
倭の軍は一瞬乱れた。
どちらを追うのか戸惑った。
その時、光が走った。
その光は倭の軍を横一列に薙ぎ払った。
前列の者が全て倒れた。
後ろの者が巻き添えを食らう。
次々に引っ掛かり倒れていく。
死んではいない。
だが、倒れたことで後ろの者がやられたと錯覚する。
「なんだ!」
「どうなっている!」
「何がおこったのだ!」
一瞬で数千の者がやられた。
そう勘違いしているのだ。
心が乱れる。
不安が広がっていく。
その不安は恐怖へと変わる。
その恐怖はさらに絶望へと変わる。
既に逃げ出すものも出てきた。
倒れた者を踏みつけながら向かう者もいる。
統制が全く取れなくなった。
「これでいいのか?」
真魚の元に戻った嵐が言った。
「上出来だ」
「これで阿弖流為はやりやすくなったはずだ…」
真魚は笑っていた。
阿弖流為が後ろを振り返って見ると、倭の軍が乱れていた。
「なんだ?」
何かが起こった事は間違いない。
「行くぞ!」
阿弖流為のかけ声と共に再度隊列が反転する。
円が二つ交差する様に逆方向に向かう。
そして馬に乗ったまま矢を放つ。
その矢は高い確率で倭に当たる。
そして、悲鳴が上がる。
その悲鳴が更に恐怖を増幅させていく。
数に勝る倭が明らかに押されている。
蝦夷の隊列はまた倭の軍の前で背中を向けた。
二つの円が交わりながら踊っていた。
その舞に倭の軍が翻弄されていた
「阿弖流為、なかなかやりおる」
田村麻呂は笑っている。
倭にとってはこの程度は折り込み済みだ。
だからこの数なのだ。
何人倒されようが一人ずつ蝦夷の兵を減らす。
それがこの数の戦いなのだ。
「倭の網を食い破るのか、阿弖流為」
田村麻呂はまだ、阿弖流為の作戦に気づいてはいなかった。

続く…