蝦夷の連合軍は川の側で待機していた。
朝の光が水の流れにはじかれ、輝いている。
ここに来てから三日が過ぎようとしていた。
手筈通り紫音たちは今頃この地を離れているだろう。
村を守る必要はない。
思う存分戦える。
畏れるものは何もなかった。
今までとは違う戦いが始まろうとしていた。
だが、母礼は不安であった。
何か忘れている。
何か見落としている。
そんな感じがする。
だが、その不安に根拠があるわけではない。
言いようのない不安がつきまとう。
「阿弖流為、何かおかしくないか?」
「母礼もそう思うか、俺もだ…」
「倭ではないのだ」
阿弖流為が眉間に皺を寄せた。
「どういうことだ?」
「胸騒ぎと言う奴か…理由はないのだ」
阿弖流為も何かを感じ始めていた。
「まあ、分からぬものを畏れてもしょうがない」
母礼は楽天的に物事を考える。
「それもそうだな」
「畏れはよからぬものを引き寄せる」
阿弖流為は母礼の言葉をそう捉える。
その時である。
大地の向こうに何か見えた。
二騎の馬が駆けてきた。
それは蝦夷の馬であった。
遠くからでも見えるように背中に旗を立てていた。

「旗だ!」
「来たか!」
「戦の準備をしろ!」
阿弖流為が叫んだ。
「倭が来るぞ!」
母礼も叫んでいた。
緊張が伝わる。
伝令の馬がついた。
「あと半刻も経てば見えるはずだ」
伝令の男は言った。
「まだ少し時間がある」
慌てる必要はない。
見えたからと言って直ぐに戦が始まるわけではない。
「今のうちに何か食べておけ」
阿弖流為が皆に言った。
「馬にも水を!」
お互いが見えてから駆け引きが始まる。
始まりはその先だ。
阿弖流為の腹は決まっている。
迷いはない。
それは母礼も同じだ。
「とうとう来たか!」
母礼は南の地平を見ていた。
気配がざわついた。
阿弖流為たちが放った波動は真魚にも届いた。
「そろそろか…」
真魚が言った。
「そのようだな」
それは嵐も感じていた
だが、真魚は動こうとしない。
「行かぬのか?」
嵐が聞く。
「まだ時間がある」
「何か食っておくか?」
真魚が嵐に言った。
「ま、真魚!本当か!!!」
嵐は喜んだ。
真魚は瓢箪から食料を出した。
「こ、こんなに食ってもいいのか!」
山のように積まれた食べ物。
嵐の心が躍る。
「一仕事してもらわねばな…」
真魚には裏があるらしい。
「わかった!俺に何かせよというのだな!」
嵐は目の前の食料に心を奪われている。

「何でもよいぞ!」
そう言うと嵐は、がむしゃらに食べた。
山のような食べ物がどんどん消えていく。
「ぷは~~~~~~っ」
嵐は食べ終わると深呼吸した。
息をするのも忘れたのか?
「お主という奴は…」
真魚は呆れていた。
「いつもこれぐらいは食べたいものだな」
嵐が何食わぬ顔で言った。
「その分は働いてもらう」
真魚が返す。
「任せておけ!」
嵐は上機嫌だ。
「決まったな」
「何が決まったのだ?」
真魚のその言葉に嵐が噛みついた。
「作戦だ!」
真魚はさらりと言う。
「お、お主まだ作戦を決めていなかったのか!」
嵐は呆れた。
「そうだ」
「だが、今決めた」
真魚はそうも言う。
「そんなにわか作りの作戦で大丈夫なのか?」
嵐は呆れていた。
「状況は常に変わるものだ」
真魚が言った。
「それはまた変わると言うことか?」
「お主は歩き出す時に右足か左足か決めているのか?」
真魚が不満顔の嵐に聞く。
「そんなものは適当だ!」
「同じではないか?」
真魚はそう言って楽しんでいる。
嵐は頭が痛くなってきた。
「ちょっと寝る」
嵐はふてくされて寝てしまった。
その時は近づいている。
『わかっておろうな』
美しい声が真魚に届く。
「わかっている」
『お主はどこまでやれば気が済むのだ…』
その声が呆れている。
「俺にもわからぬことがある」
「だが、俺の未来は俺が決める」
蝦夷の大地は異様な波動に包まれていた。
続く…