空の宇珠 海の渦 第五話 その四十七 | 空の宇珠 海の渦 

空の宇珠 海の渦 

-そらのうず うみのうず-
空海の小説と宇宙のお話




真魚は山の中腹にいた。
 
蝦夷の地が見渡せる。
 
崖の上と言っても良かった。
 
その岩の上に座っていた。
 


「なぁ、真魚よ」
 
子犬の嵐が真魚に話しかける。
 
「何だ…」
 
真魚は目を瞑っていた。
 


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「この戦いはどうなれば良いのだ?」


嵐にはそのところがよくわからない。

 
倭が勝てばこの地が奪われる。
 

蝦夷が勝っても倭は諦めないであろう。
 

そうなれば戦が続く。
 

そのしわ寄せは必ず弱い者に向く。
 

蝦夷は疲弊し滅ぶことになる。

 

「すでに動いている…」
 
真魚は目を瞑ったまま言った。
 

「阿弖流為や母礼、それに紫音や御遠、蝦夷の人々がそう決めた」


「紫音たちが村を捨てた事か…」
 
嵐にはその事が良いこととは思えなかった。
 

「決めただけでは未来は動かぬ、だが行動を起こした」
 
「それが全てを変える」
 
真魚は嵐に言った。
 


「村を捨ててでも生きる事を選んだのか…」 

嵐はそう捉えた。
 


「紫音は生きる意味を感じている」
 
「そして、生かされている訳を知っている」
 
真魚はそう言って目を開いた。


「生かされているとはどういうことだ?」
 
嵐は考えたこともなかった。
 

「神であるお主にはないが、人は本来の姿を持っている」


「魂のことか?」
 

「そうだ」

これぐらいなら嵐にもわかる。
 

「ちょっとまて!今、本来の姿と言ったか!」

嵐がその矛盾に気がついた。
 

「今の姿が本来ではないのか?」

 嵐はそう思っていた。


「いや、今が仮の姿だ」

「だから生きる意味がある、生かされている訳がある」

真魚がはっきりそう言った。
 

「この世が仮の姿だと…」

真魚の言葉に嵐が混乱してきた。


「そう考えればつじつまが合う…」


「どういうわけだ?」
 

「あの世は自由だ、やりたいことは何でも出来る」


「それはわかる」
 

「時間もない、現在も過去もない」


「あってもなくても同じだからな…」

嵐は神だ。
 

自分の事はわかる。
 


「楽も苦もない」
 
真魚が言った。
 

「そうか!」
 
嵐はようやく真魚の言わんとするところが見えてきた。
 

「この世に目的があって来ているのか!」 


「そうだ」

「人と神は元は同じものだ、違う形のこの世が元の姿であるわけがない」


「確かに…そう言われればそうだ…」


「何かをしにこの世に来ているならば、それが終わるまではいなければならない」

真魚が扉を開いていく。
 

「人はそれを自分で選んで行かなければならない」


「選ぶ事は未来をつくる事だ!」
 

「だから目的にたどり着けるのだ!」
 

真魚は生きる意味を目的と言った。
 

「紫音は未来を選んだ…」

嵐は偉大な決意を感じていた。
 

「人は未来を変える力を持っている」
 
「目的にたどりつくために…」
 
嵐はその意味を理解し始めていた。
 

「人は多くの命を犠牲にしなければ、身体を維持できない」
 
「それは周りの全てに支えられ励まされているということだ」
 
「そこに生きる意味が存在している」

「つまり生かされているということだ!」

真魚が開いた扉に嵐は驚いていた。
 

阿弖流為たちが選んだもの…。
 

それが未来を変えていく。
 

「人の決意は偉大だ!」
 
嵐はそう感じた。
 

それがどんな小さな決意でも、行動することで世界が大きく変わる。

「そこにたどり着くために…」

「神が人に与えた偉大な力だ!」
 


真魚はそう言いながら、蝦夷の大地を見ていた。



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続く…