真魚は山の中腹にいた。
蝦夷の地が見渡せる。
崖の上と言っても良かった。
その岩の上に座っていた。
「なぁ、真魚よ」
子犬の嵐が真魚に話しかける。
「何だ…」
真魚は目を瞑っていた。

「この戦いはどうなれば良いのだ?」
嵐にはそのところがよくわからない。
倭が勝てばこの地が奪われる。
蝦夷が勝っても倭は諦めないであろう。
そうなれば戦が続く。
そのしわ寄せは必ず弱い者に向く。
蝦夷は疲弊し滅ぶことになる。
「すでに動いている…」
真魚は目を瞑ったまま言った。
「阿弖流為や母礼、それに紫音や御遠、蝦夷の人々がそう決めた」
「紫音たちが村を捨てた事か…」
嵐にはその事が良いこととは思えなかった。
「決めただけでは未来は動かぬ、だが行動を起こした」
「それが全てを変える」
真魚は嵐に言った。
「村を捨ててでも生きる事を選んだのか…」
嵐はそう捉えた。
「紫音は生きる意味を感じている」
「そして、生かされている訳を知っている」
真魚はそう言って目を開いた。
「生かされているとはどういうことだ?」
嵐は考えたこともなかった。
「神であるお主にはないが、人は本来の姿を持っている」
「魂のことか?」
「そうだ」
これぐらいなら嵐にもわかる。
「ちょっとまて!今、本来の姿と言ったか!」
嵐がその矛盾に気がついた。
「今の姿が本来ではないのか?」
嵐はそう思っていた。
「いや、今が仮の姿だ」
「だから生きる意味がある、生かされている訳がある」
真魚がはっきりそう言った。
「この世が仮の姿だと…」
真魚の言葉に嵐が混乱してきた。
「そう考えればつじつまが合う…」
「どういうわけだ?」
「あの世は自由だ、やりたいことは何でも出来る」
「それはわかる」
「時間もない、現在も過去もない」
「あってもなくても同じだからな…」
嵐は神だ。
自分の事はわかる。
「楽も苦もない」
真魚が言った。
「そうか!」
嵐はようやく真魚の言わんとするところが見えてきた。
「この世に目的があって来ているのか!」
「そうだ」
「人と神は元は同じものだ、違う形のこの世が元の姿であるわけがない」
「確かに…そう言われればそうだ…」
「何かをしにこの世に来ているならば、それが終わるまではいなければならない」
真魚が扉を開いていく。
「人はそれを自分で選んで行かなければならない」
「選ぶ事は未来をつくる事だ!」
「だから目的にたどり着けるのだ!」
真魚は生きる意味を目的と言った。
「紫音は未来を選んだ…」
嵐は偉大な決意を感じていた。
「人は未来を変える力を持っている」
「目的にたどりつくために…」
嵐はその意味を理解し始めていた。
「人は多くの命を犠牲にしなければ、身体を維持できない」
「それは周りの全てに支えられ励まされているということだ」
「そこに生きる意味が存在している」
「つまり生かされているということだ!」
真魚が開いた扉に嵐は驚いていた。
阿弖流為たちが選んだもの…。
それが未来を変えていく。
「人の決意は偉大だ!」
嵐はそう感じた。
それがどんな小さな決意でも、行動することで世界が大きく変わる。
「そこにたどり着くために…」
「神が人に与えた偉大な力だ!」
真魚はそう言いながら、蝦夷の大地を見ていた。

続く…