空の宇珠 海の渦 第五話 その十八 | 空の宇珠 海の渦 

空の宇珠 海の渦 

-そらのうず うみのうず-
空海の小説と宇宙のお話



ようやく村の入り口らしきところが見えてきた。
 
森の木々に囲まれた中にそれはあった。
 
「ついたぞ!」


5_sanzokumura_530.jpg

 
那魏留の表情が少し緩んだ気がした。
 
小川が側に流れている。
 
子供達が遊んでいる。
 
直ぐに那魏留を見つけた。
 

「このおじさん達だあれ!」
 
よそ者である真魚達にも直ぐに興味を見せる。
 
「お客だ!」
 
那魏留は子供達にそう説明した。
 
村人達も集まって来た。
 
那魏留が無事に帰ったことの確認であろう。
 
予め分かっていたのか、真魚達を見て驚いている様子はない。
 
直ぐ側で子犬の嵐が子供におもちゃにされている。
 
それを見て紫音は笑いが止まらない。
 
「君たち、この犬は私たちの守り神だからいじめちゃだめ!」
 
そう言って嵐を抱え上げた。
 
「せっかく遊ぼうと思ったのに…」
 
子供達は不満だ。
 
「すまん、助かった」
 
嵐が紫音にささやいた。

「さっき助けてもらったからね」
 
紫音は思い出しながら笑っていた。
 

「こっちだ!」
 
那魏留が案内する。
 
村には三十ほどの住居が並んでいた。
 
いわゆる竪穴式住居である。
 
造りが簡単なのは直ぐに移動できるという事でもある。
 
山賊と言えど、倭に追い詰められ生きているのである。

奥の川に近い所に那魏留の家はあった。
 
入り口をくぐると火魏留らしき男が筵の上で寝ていた。
 
母親らしき女が側で心配そうに見ていた。
 
「すまんが、御遠と紫音以外はこの家の外に出てくれ」
 
真魚がそう言うと腰の瓢箪を取り出し何かを飲んだ。
 
皆は家から出て行った。
 
「一体何をするのだ」
 
阿弖流為にはさっぱり分からない。 
 
心配そうに隙間から皆が覗いている。
 

「やりにくいな…」
 
真魚は笑っていた。
 
再び瓢箪の蓋を取り寝ている火魏留の周りを囲むように水を蒔いた。
 
「御遠、火魏留の胸に両手を置け」
 
御遠は火魏留の左側に座り胸の上に両手を置いた。
 
「紫音は反対側に座れ」
 
真魚は火魏留の頭の上側に立っていた。
 
真魚は手を合わせ目を閉じた。
 
なにやら呪を唱えた。
 
紫音は手を合わせた。
 
そして二人は目を閉じている。
 

「心の底にそれはある」
 
真魚が言った。
 
二人にはそれだけで十分であった。
 
真魚の七つの光の輪が回転し始める。
 
下から順にどんどん速度を増していく。
 
同時に真魚の身体が輝きだした。
 

「あっ」
 
紫音は小さな声を上げた。
 
御遠は既に涙を流していた。
 
金色の光の粒が舞い降りてくる。
 
それは少しずつ集まり金色の幕となる。
 
真魚の光の輪が見えなくなった。
 
真魚の頭頂から光が昇った。
 
真魚の身体が金色に輝き始めた。
 
降り注ぐ光の粒は二人の身体を伝い、火魏留に流れ込んでいく。
 

音が聞こえる。


聞いた事のない美しい音色が聞こえていた。
 

御遠も紫音も感動で泣いていた。


溢れる涙は止めることが出来なかった。
 

その光は生命そのものであった。
 

穢れのない生まれたての赤ん坊。
 

それは儚くて愛おしい。
 

そしてそれはこの宇宙の全てでもあった。
 

「ありがとうございました」
 
真魚が感謝の言葉を言った。
 
光の粒はゆっくりと消えていった。
 
しばらくの間、紫音と御遠は泣き崩れた。
 
感動で立ち上がることすら出来なかったのだ。
 

「火魏留…」
 
御遠が火魏留の変化に気がついた。
 
目を開けた。
 
ゆっくりと身体を起こした。
 

「火魏留!大丈夫なの!」
 
御遠は火魏留に抱きついた。
 

「俺は生きているのか?」
 
火魏留は言った。
 
「俺は闇のなかでさまよってたんだ」


「ちゃんと生きてるわよ!ほら!」
 
御遠は火魏留の頬をつねった。
 

二人の関係がどういうものかそれだけで理解出来る。
 

「当てられちゃうなぁ」
 
紫音は不満げである。
 

「火魏留!大丈夫なのか!」
 
那魏留が入ってきた。 
 
「このとおりだ!」
 
火魏留は両手を広げて見せた。
 
「それどころか、何だか生まれ変わったような清々しい気分だ!」


5_kagirumionn_530.jpg

 
「もう心配は無い」
 
真魚が言った。  
 
「真魚殿、ありがとう」
 
那魏留は真魚の手をにぎった。
 
その手は男の手であった。
 

「少し、休ませてくれ」
 
真魚はそう言うと家を出て行った。

小川の側に座り込んだ。
 
そして、そのまま横になり寝てしまった。
 
「無理もないか…」
 
子犬の嵐が側に座った。
 
真魚の寝顔は笑っていた。


続く…