空の宇珠 海の渦 第五話 その九 | 空の宇珠 海の渦 

空の宇珠 海の渦 

-そらのうず うみのうず-
空海の小説と宇宙のお話



半刻ほど歩いた。

その村は壁に囲まれていた。
 
外敵からの襲撃に備えてのものだ。
 
倭と以前に戦っている。
 
これは倭に向けた壁なのだ。
 

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「何だか物々しいなぁ」
 
嵐がその壁を見ている。
 
「その身体では登れんな」
 
真魚が冗談のように事実を言う。
 
「それだけ畏れていると言うことだろう」

真魚は直ぐに信用してもらえない事実を理解した。
 

門の前まで来た。
 
縦に組まれた木の隙間から紫音が覗いていた。
 
紫音が手を上げると門が開いた。
 

「すまない」
 
真魚が礼を言った。
 

歩きながら村の奥に向かう。
 
村の中は意外と広かった。
 
子供達が遊んでいる。
 
村人は真魚を不審に思っている。
 
しかし、紫音が一緒なのでそれを見て安心しているようだ。
 

「あなた本当は喋れるんでしょう?」
 
人に聞こえないように紫音が嵐の耳元で聞く。
 

「地獄耳だなお主は」
 
嵐がその口で答えた。
 

「やっぱり!」
 
紫音は喜んだ。
 

「紫音と言ったか、お前ここの巫女か?」
 
嵐が紫音を警戒している。

壱与の事があってからこの手の女は苦手らしい。


「巫女ってなに?」
 
紫音が問い直す。
 

「神に仕える女の事だ」
 
真魚が答える。
 

「そう言われればそうかな…」
 
紫音の答えは歯切れが悪い。
 

「まあ良い、いずれ分かる」
 
嵐が真魚の真似をした。
 

「今のは青嵐か?」
 
真魚は笑っていた。
 
紫音には何の事かわからなかった。 
 

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そうしているうちに母礼と一人の男が現れた。
 
「やっと来たか!」
 
「こいつが阿弖流為(アテルイ)だ」
 
母礼が一人の男を紹介した。
 
背丈は真魚と変わらない。
 

少しくせのある長い髪を後ろで束ねている。
 
眉が濃く目が鋭い。
 
肉食獣のような雰囲気を持っている。
 
真魚はこの男のある波動を感じ取っていた。
 

「お主か倭から来た男と言うのは?」
 
阿弖流為が真魚に聞く。
 

「佐伯真魚だ」
 
真魚の答えは素っ気ない。
 

「お主のような奴が一人でこの地にくるなぞ全く信じられんな」
 
阿弖流為のその言葉は普通の者にとっては事実ではあるが、真魚にはあてはまらない。
 
「だが、お前は別か…」
 
阿弖流為も真魚の中に何かを感じ取ったらしい。
 

「噂で聞いた事がある」
 
「北に狼がいると」
 
「あれはお主の事だな」
 
真魚が都での噂を問うてみた。
 

「そうか、俺は都でそう呼ばれているのか」

阿弖流為はそう言って笑った。
 

「長と話がしたい」
 
真魚が阿弖流為に言う。
 

「こっちに来い」
 
真魚達は村の奥に向かった。


続く…