半刻ほど歩いた。
その村は壁に囲まれていた。
外敵からの襲撃に備えてのものだ。
倭と以前に戦っている。
これは倭に向けた壁なのだ。

「何だか物々しいなぁ」
嵐がその壁を見ている。
「その身体では登れんな」
真魚が冗談のように事実を言う。
「それだけ畏れていると言うことだろう」
真魚は直ぐに信用してもらえない事実を理解した。
門の前まで来た。
縦に組まれた木の隙間から紫音が覗いていた。
紫音が手を上げると門が開いた。
「すまない」
真魚が礼を言った。
歩きながら村の奥に向かう。
村の中は意外と広かった。
子供達が遊んでいる。
村人は真魚を不審に思っている。
しかし、紫音が一緒なのでそれを見て安心しているようだ。
「あなた本当は喋れるんでしょう?」
人に聞こえないように紫音が嵐の耳元で聞く。
「地獄耳だなお主は」
嵐がその口で答えた。
「やっぱり!」
紫音は喜んだ。
「紫音と言ったか、お前ここの巫女か?」
嵐が紫音を警戒している。
壱与の事があってからこの手の女は苦手らしい。
「巫女ってなに?」
紫音が問い直す。
「神に仕える女の事だ」
真魚が答える。
「そう言われればそうかな…」
紫音の答えは歯切れが悪い。
「まあ良い、いずれ分かる」
嵐が真魚の真似をした。
「今のは青嵐か?」
真魚は笑っていた。
紫音には何の事かわからなかった。

そうしているうちに母礼と一人の男が現れた。
「やっと来たか!」
「こいつが阿弖流為だ」
母礼が一人の男を紹介した。
背丈は真魚と変わらない。
少しくせのある長い髪を後ろで束ねている。
眉が濃く目が鋭い。
肉食獣のような雰囲気を持っている。
真魚はこの男のある波動を感じ取っていた。
「お主か倭から来た男と言うのは?」
阿弖流為が真魚に聞く。
「佐伯真魚だ」
真魚の答えは素っ気ない。
「お主のような奴が一人でこの地にくるなぞ全く信じられんな」
阿弖流為のその言葉は普通の者にとっては事実ではあるが、真魚にはあてはまらない。
「だが、お前は別か…」
阿弖流為も真魚の中に何かを感じ取ったらしい。
「噂で聞いた事がある」
「北に狼がいると」
「あれはお主の事だな」
真魚が都での噂を問うてみた。
「そうか、俺は都でそう呼ばれているのか」
阿弖流為はそう言って笑った。
「長と話がしたい」
真魚が阿弖流為に言う。
「こっちに来い」
真魚達は村の奥に向かった。
続く…