そこは村の奥にあった。
集会場のようで、板の間になっている。
中には既に数人の男が集まっていた。
この村の重鎮と言える者達であろう。
真魚が入った向かいの席に長老らしき者が座っていた。
向かって右側に阿弖流為、左側には母礼が座った。
残りの者達は適当な位置に座っていた。
丁度半円を描くような形に座っている。
真魚はその真ん中に座った。

「倭から来た男とはあなたですな」
長老らしき者が真魚に語りかける。
「儂はこの村の長老で紫龍という」
「先ほど会った紫音の祖父だ」
「佐伯真魚と言います」
真魚にしては丁寧な口調である。
「見たところ嘘は言っておらんようじゃな」
長老は既に見抜いていた。
「あなたも紫音と同じか?」
真魚が問う。
「これは話が早そうだわ」
そう言って長老は微笑んだ。
周りの者達はあまり理解していない。
「では聞こう、あなたの真の目的は何だ」
長老はなぜ真魚がこの地に来たのか聞きたいようである。
「さがしているものがある」
真魚は答えた。
「それは倭が欲しがっているものですかな?」
長老が問い返す。
「そうだ」
真魚のその言葉の意味をこの長老は既に理解している。
「それをあなたはどうするつもりじゃ?」
更に長老が問う。
「金にする」
「俺は唐に行きたい」
「そのために倭に売る」
真魚がそう語った。
「そういうことですか…」
そう言うと長老は押し黙った。
周りの者達は二人の会話について行けないでいた。
「今、唐と呼ばれている所に我ら蝦夷の祖先も行かれたようです」
「遣唐使とは唐に貢ぎものをする使いだ」
真魚が長の言葉に続いて言った。
「貢ぎ物だと!」
皆は驚いた。
「表向きは五分の関係を築いているように倭が仕組んでいる」
「だが、唐はそう思っていない」
真魚の言葉はこの国で言われている事実ではない。
しかし、倭と争っている蝦夷にとっては不自然には感じられない。
「そのようなこともあるかも知れませんな」
長老はうすうす感じていたようだった。
「では、倭の言っていることは嘘なのか?」
母礼が話に割って入った。
「全く嘘ではないが、作り話と思った方がいい」
真魚はさらりと言う。
「作り話というのか?」
母礼は納得出来ない。
「唐の力は倭の比ではない」
「本気で攻め込まれたらあの男が困るであろう?」
真魚は逆に問いかける。
「あの男…帝のことか?」
阿弖流為は呆れている。
「過去にそれは起こっている」
「鉄の剣に青銅の剣は敗れ去った」
「今の蝦夷が倭の未来だ」
嘘ではない真魚は事実を語っていた。
「唐の王は労せず財宝を手に入れると言うわけですか…」
長老はそう表現した。
「その見返りのものなど唐にとってはいらぬ物だ」
大切なものは外に出す訳にはいかない。
真魚の言ったことは概ね当たっている。
「では、お主は何故唐に行く」
阿弖流為が真魚に向かって聞いた。
「欲しいものがある」
真魚は阿弖流為を見ている。
「欲しいもの…?」
阿弖流為は真魚を掴みきれない。
「この世の法だ」
真魚が言った。
真魚はあえて「この世の」と言った。
その方が分かりやすいと考えたからだ。
「この世の法…」
だが、その意味を理解出来るものはここにはいない。
彼らは真実に一番近い所にいる。
ただそれだけに見えていない。
この蝦夷の地には全てが揃っている。
そして法など必要としていない。
「唐には天竺から伝わった法がある」
「その他に異国から様々なものが伝わっている」
「すべて倭にはないものだ」
真魚の言っている事実を知識として持っている者は、ここにはいなかった。
「その法で人を救う」
それは真魚の決意だ。
「ほう…」
長老は真魚の真意が見えたようであった。
「そんなものが手に入れられるのか?」
母礼は理解すらできない。
「手に入れるのではない」
真魚が言う。
「では、お主はどうするつもりだ?」
阿弖流為が真魚に鋭い視線を向ける。
「ぶんどる!」
「!!!!!!」
真魚のその答えに皆が驚いた。
一瞬沈黙が訪れた。
「ぶはははっはははっっ~」
最初に母礼が笑った。
「面白い!」
阿弖流為も笑った。
「お主は面白い男だ」
母礼は真魚のことを気に入った。
しばらく皆の笑いは続いた。
それは、真魚が蝦夷に受け入れられた瞬間でもあった。

続く…