空の宇珠 海の渦 第五話 その十 | 空の宇珠 海の渦 

空の宇珠 海の渦 

-そらのうず うみのうず-
空海の小説と宇宙のお話



そこは村の奥にあった。
 
集会場のようで、板の間になっている。
 
中には既に数人の男が集まっていた。
 
この村の重鎮と言える者達であろう。

真魚が入った向かいの席に長老らしき者が座っていた。

向かって右側に阿弖流為、左側には母礼が座った。

残りの者達は適当な位置に座っていた。
 
丁度半円を描くような形に座っている。
 
真魚はその真ん中に座った。


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「倭から来た男とはあなたですな」
 
長老らしき者が真魚に語りかける。
 
「儂はこの村の長老で紫龍(しりゆう)という」
 
「先ほど会った紫音の祖父だ」
 

「佐伯真魚と言います」
 
真魚にしては丁寧な口調である。
 

「見たところ嘘は言っておらんようじゃな」
 
長老は既に見抜いていた。
 

「あなたも紫音と同じか?」
 
真魚が問う。
 

「これは話が早そうだわ」
 
そう言って長老は微笑んだ。
 
周りの者達はあまり理解していない。
 

「では聞こう、あなたの真の目的は何だ」
 
長老はなぜ真魚がこの地に来たのか聞きたいようである。
 

「さがしているものがある」
 
真魚は答えた。
 

「それは倭が欲しがっているものですかな?」

長老が問い返す。
 

「そうだ」

真魚のその言葉の意味をこの長老は既に理解している。
 

「それをあなたはどうするつもりじゃ?」
 
更に長老が問う。
 

「金にする」
 
「俺は唐に行きたい」
 
「そのために倭に売る」
 
真魚がそう語った。
 

「そういうことですか…」
 
そう言うと長老は押し黙った。
 

周りの者達は二人の会話について行けないでいた。
 

「今、唐と呼ばれている所に我ら蝦夷の祖先も行かれたようです」
 

「遣唐使とは唐に貢ぎものをする使いだ」
 
真魚が長の言葉に続いて言った。 

「貢ぎ物だと!」

皆は驚いた。
 

「表向きは五分の関係を築いているように倭が仕組んでいる」
 
「だが、唐はそう思っていない」
 
真魚の言葉はこの国で言われている事実ではない。
 
しかし、倭と争っている蝦夷にとっては不自然には感じられない。
 

「そのようなこともあるかも知れませんな」
 
長老はうすうす感じていたようだった。
 

「では、倭の言っていることは嘘なのか?」
 
母礼が話に割って入った。
 

「全く嘘ではないが、作り話と思った方がいい」
 
真魚はさらりと言う。
 

「作り話というのか?」
 
母礼は納得出来ない。
 

「唐の力は倭の比ではない」
 
「本気で攻め込まれたらあの男が困るであろう?」
 
真魚は逆に問いかける。
 

「あの男…帝のことか?」
 
阿弖流為は呆れている。
 

「過去にそれは起こっている」
 
「鉄の剣に青銅の剣は敗れ去った」
 
「今の蝦夷が倭の未来だ」
 
嘘ではない真魚は事実を語っていた。
 

「唐の王は労せず財宝を手に入れると言うわけですか…」
 
長老はそう表現した。
 

「その見返りのものなど唐にとってはいらぬ物だ」
 
大切なものは外に出す訳にはいかない。
 
真魚の言ったことは概ね当たっている。
 

「では、お主は何故唐に行く」
 
阿弖流為が真魚に向かって聞いた。
 

「欲しいものがある」
 
真魚は阿弖流為を見ている。
 
「欲しいもの…?」

阿弖流為は真魚を掴みきれない。
 

「この世の法だ」
 
真魚が言った。
 
真魚はあえて「この世の」と言った。
 
その方が分かりやすいと考えたからだ。


「この世の法…」


だが、その意味を理解出来るものはここにはいない。
 
彼らは真実に一番近い所にいる。
 
ただそれだけに見えていない。
 
この蝦夷の地には全てが揃っている。
 
そして法など必要としていない。


「唐には天竺から伝わった法がある」
 
「その他に異国から様々なものが伝わっている」
 
「すべて倭にはないものだ」

真魚の言っている事実を知識として持っている者は、ここにはいなかった。
 

「その法で人を救う」
 
それは真魚の決意だ。
 

「ほう…」
 
長老は真魚の真意が見えたようであった。
 

「そんなものが手に入れられるのか?」
 
母礼は理解すらできない。
 

「手に入れるのではない」

真魚が言う。
 

「では、お主はどうするつもりだ?」

阿弖流為が真魚に鋭い視線を向ける。
 

「ぶんどる!」


「!!!!!!」
 
真魚のその答えに皆が驚いた。
 
一瞬沈黙が訪れた。
 

「ぶはははっはははっっ~」
 
最初に母礼が笑った。
 
「面白い!」

阿弖流為も笑った。
 
「お主は面白い男だ」

母礼は真魚のことを気に入った。

しばらく皆の笑いは続いた。
 
それは、真魚が蝦夷に受け入れられた瞬間でもあった。

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続く…