人の群れがゆっくりと進んで行く。
蟻の行列のような慌ただしさはない。
田村麻呂は馬の上で考えていた。
峠を抜けて幾分かは広い場所に出た。
この辺りなら奇襲を受けることもない。
安心したのか頭の中をあの言葉が駆け巡っていた。
―罠だ―
真魚のその言葉が気になっていた。
帝からの刀。
この刀の持つ意味を考えていた。
「俺は信頼されていないのか…」
田村麻呂が独り言を言った。
佐伯真魚という男。
嘘ではない。
田村麻呂の心はそう言っている。
それならば帝が嘘を言っていることになる。
それは受け入れ難い事実だ。
それを受け入れると言うことは一族の死を意味している。
征夷大将軍の位と共に頂いた品だ。
「それが罠だというのか…」
家族は都にいる。
それは人質に取られていると言うことと同じである。
何かあれば殺される。
帝の命には従うしかないのである。
それが京の都に住む者の宿命なのだ。
「この刀がそれほど危険なのか?」
田村麻呂は刀の柄に触れてみる。

「!」
「これのことか…」
言われてみれば一つの疑念がある。
「まさか…この刀は…」
田村麻呂は真魚の言った言葉の意味を感じ取っていた。
佐伯真魚。
「お主は恐ろしい男だ」
田村麻呂はそう感じていた。
「しかし、その話は本当なのか?」
母礼は真魚のことはまだ信用はしていない。
知り合って間もない。
数時間も経ってはいない。
その男の話を信じろと言う方がおかしい。
しかも、倭の男だ。
密偵だという疑いは拭いきれない。
「無理もない、会ったばかりだ」
真魚は分かっている。
「以前にも来たのであろう?」
真魚は母礼に聞く。
「前の時はは俺たちが退けた」
母礼が答える。
「しかし、なぜ倭は攻めてくる」
「倭は倭で暮らせばいい」
母礼はその理由がわからない。
「権力を持たない者には分からぬ」
「とりあえず話がしたい」
真魚は言った。
「よかろう、村に行こう」
母礼が真魚を村に誘った。
「ここから遠いのか?」
真魚が尋ねる。
「あそこに丘が見えるだろう、あの向こうだ」
母礼が指さした。
「ならば歩いて行く、その間に人を集めてほしい」
いつの間にか真魚に巻き込まれていく。
「誰かつけるか?」
「その人達なら大丈夫、その子犬もいるしね」
母礼の問いかけを紫音がはねのける。

「いくぞ!」
そう言うと速歩で村に向かっていった。
「紫音にはばれているようだな」
しばらくしてから真魚が嵐に言った。
「壱与と同じか…」
嵐は壱与の事を思い出していた。
「前鬼、後鬼!」
「話は聞いていただろう」
真魚が二人を呼んだ。
「で、次は倭の奴らですかな」
前鬼には分かっている。
「あとどれくらいかかるのか見てきてくれ」
真魚は用件を告げる。
「ちょっと面白そうな話になって来ましたなぁ」
後鬼はそう言いながら前鬼と共に跳んで行った。
続く…