空の宇珠 海の渦 第五話 その八 | 空の宇珠 海の渦 

空の宇珠 海の渦 

-そらのうず うみのうず-
空海の小説と宇宙のお話



人の群れがゆっくりと進んで行く。
 
蟻の行列のような慌ただしさはない。
 
田村麻呂は馬の上で考えていた。
 
峠を抜けて幾分かは広い場所に出た。
 
この辺りなら奇襲を受けることもない。
 
安心したのか頭の中をあの言葉が駆け巡っていた。
 

―罠だ―
 
真魚のその言葉が気になっていた。
 

帝からの刀。
 

この刀の持つ意味を考えていた。
 

「俺は信頼されていないのか…」

田村麻呂が独り言を言った。
 
佐伯真魚という男。
 
嘘ではない。
 
田村麻呂の心はそう言っている。
 
それならば帝が嘘を言っていることになる。
 
それは受け入れ難い事実だ。
 
それを受け入れると言うことは一族の死を意味している。
 
征夷大将軍の位と共に頂いた品だ。
 

「それが罠だというのか…」
 
家族は都にいる。
 
それは人質に取られていると言うことと同じである。
 
何かあれば殺される。
 
帝の命には従うしかないのである。
 
それが京の都に住む者の宿命なのだ。
 

「この刀がそれほど危険なのか?」
 

田村麻呂は刀の柄に触れてみる。


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「!」
 
「これのことか…」
 
言われてみれば一つの疑念がある。
 
「まさか…この刀は…」
 
田村麻呂は真魚の言った言葉の意味を感じ取っていた。
 

佐伯真魚。
 

「お主は恐ろしい男だ」
 
田村麻呂はそう感じていた。 







「しかし、その話は本当なのか?」
 
母礼は真魚のことはまだ信用はしていない。
 
知り合って間もない。
 
数時間も経ってはいない。
 
その男の話を信じろと言う方がおかしい。
 
しかも、倭の男だ。
 
密偵だという疑いは拭いきれない。
 

「無理もない、会ったばかりだ」
 
真魚は分かっている。
 
「以前にも来たのであろう?」
 
真魚は母礼に聞く。
 

「前の時はは俺たちが退けた」
 
母礼が答える。 

「しかし、なぜ倭は攻めてくる」
 
「倭は倭で暮らせばいい」
 
母礼はその理由がわからない。
 

「権力を持たない者には分からぬ」
 
「とりあえず話がしたい」
 
真魚は言った。


「よかろう、村に行こう」
 
母礼が真魚を村に誘った。
 

「ここから遠いのか?」
 
真魚が尋ねる。
 

「あそこに丘が見えるだろう、あの向こうだ」

母礼が指さした。
 

「ならば歩いて行く、その間に人を集めてほしい」
 
いつの間にか真魚に巻き込まれていく。
 

「誰かつけるか?」
 
「その人達なら大丈夫、その子犬もいるしね」
 
母礼の問いかけを紫音がはねのける。


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「いくぞ!」
 
そう言うと速歩で村に向かっていった。

「紫音にはばれているようだな」
 
しばらくしてから真魚が嵐に言った。
 

「壱与と同じか…」
 
嵐は壱与の事を思い出していた。
 

「前鬼、後鬼!」
 
「話は聞いていただろう」
 
真魚が二人を呼んだ。
 

「で、次は倭の奴らですかな」
 
前鬼には分かっている。
 

「あとどれくらいかかるのか見てきてくれ」
 
真魚は用件を告げる。
 

「ちょっと面白そうな話になって来ましたなぁ」
 
後鬼はそう言いながら前鬼と共に跳んで行った。  


続く…