空の宇珠 海の渦 第五話 その七 | 空の宇珠 海の渦 

空の宇珠 海の渦 

-そらのうず うみのうず-
空海の小説と宇宙のお話



「奴らの力も増しているな」
 
真魚がつぶやいた。
 
「真魚殿、これはどういうことなのじゃ」 

前鬼は納得がいかないようだ。
 
「光と影は表裏一体だ」
 
「そうは思わぬか」
 
真魚が前鬼の疑問に答える。
 
「確かにそれはあるが…」
 
「光の量で影は変わると言うことですかな?」
 
前鬼はそう言って考え込んだ。
 
「全ては繋がっている」
 
「何かが変われば全てが変わる」
 
「この宇宙に生きる者は、この宇宙の理からは抜け出せない」
 
「この宇宙の理は誰も変える事はできないのだ」
 
「それは神とて同じだ」
 
真魚はそう言うと顔をある方向に向けた。

 
その仕草でそこにいる全員がその意味を理解する。
 
馬の蹄の音だ。
 
先ほどの山賊のものではない。
 
それは二十騎ほどの馬の群れだ。
 
丘の向こうに見えた。
 
その群れは真魚達を確実に捉えていた。
 


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「何だ、あれは?」
 
嵐が真魚に聞いて見る。
 
「じきにわかるさ」
 
「それよりも…」
 
真魚はそう言うと振り返った。
 
「前鬼、後鬼、悪いが姿を隠してもらえぬか?」
 
「あの者達にはそれが良い」
 
「真魚殿の言うとおりじゃ、うちらは姿を消すとしよう」
 
後鬼は真魚の考えを理解している。
 
「何かあったら助けることも出来る」
 
前鬼はその先まで考えていた。
 
その次の瞬間には二人の姿は見えなくなった。

「お前もな!嵐」
 
真魚が念を押した。
 
「お、俺もか~」
 
「当たり前だ!」
 
嵐は仕方なく子犬に戻った。
 
「その姿なら抱きしめてもらえるぞ」
 
真魚が冗談を言う。
 
「それもそうだな~」
 
「かわいい娘がいいなぁ~」
 
嵐は満更でもなかった。
 

 
 


しばらくすると馬に乗った者達がやってきた。
 
二十人ほどいる。
 
各に武器を装備しているが、手に持っている訳ではない。

真魚も既に棒は仕舞っている。
 
少し離れた場所に馬を止め、降りた。
 

先頭の男は身体が大きかった。
 
身体は大きいが愛嬌がある。
 
眉は濃いが目は小さめだ、大きな鼻が印象的だ。
 
無精髭を生やしていた。
 
着ている服の模様は、真魚が見たことの無いものだ。
 
「おかしいなぁ、先ほどは何人かいたような気がしたのだが…まあいいか」
 
大雑把な性格のようだ。
 
「何か大きな音がしたが、大丈夫か?」
 
大きな男は真魚を畏れている風ではなかった。
 
それどころか見知らぬ真魚を気遣う度量を持っている。
 

「ああ、大丈夫だ」
 
真魚は素っ気ない。
 

「一体何の音だ?かなりの音だったが…」
 
「その音で俺のことに気がついたのか」
 
真魚が問い返した。
 

「そうだ、山賊共を探している途中でな」

大きな男は偶然見かけた事実を告げる。
 

「その山賊なら逃げていったぞ」
 
真魚が答える。
 

「それで、何人もいたように見えたのか」
 
勝手に納得していた。
 

「雷が落ちて驚いてな」
 

「はっはっはっ、とうとう奴らにも雷が落ちたか!」
 
真魚からでた意外な言葉が、男にはおかしかったようだ。
 

「ところでだな…」
 
「お主はどこから来た」
 
どうやらこの大きな男が、ここにいる者達をを仕切っているらしい。
 

「倭から来た」
 
真魚はそう答える。
 

その言葉でそこにいる者達が緊張した。
 
それだけ倭を畏れていると言うことだ。

 
「勘違いするな俺は倭の使いではない」
 
そして、その言葉が緊張を解く。
 

「では、お主は何をしにこの地に来たのだ。」
 
大きな男がそう聞く。


「見たかっただけだ」
 

「見たかった?だけ…だと?」
 
真魚の言葉をおおきな男は理解出来ないらしい。
 
「それだけの理由で遙かこの地まで来たのか?」
 
大きな男は更に問う。
 

「そうだ」
 
真魚は嘘は言ってない。
 

「何がねらいだ」

おおきな男は疑っている。
 
それほど倭を信用すらしていないと言うことだ。
 
真魚はその事は感じ取っている。
 
それが次の言葉に繋がっていた。
 

「戦の準備をしておけ、奴らが来る」
 

真魚のその言葉はその男にとっては衝撃であった。 
 

「やつらとは、倭のことか!」
 
男は動揺している。
 

「そうだ、あとしばらくはかかるであろう」
 
「だが、確実に来る」
 
真魚が答える。


「倭の人であるお主がなぜ倭を裏切る?」
 
大きな男は真魚のことが信用できないのだ。
 
「どうでもいいからだ」
 
真魚の口からでた言葉は大きな男の理解を超えた。
 

「はっはっははははは~。」
 
大きな男は笑いが止まらなかった。
 
「倭の男が倭をどうでもいいだと!」
 
「面白い!お主は面白い!」
 
大きな男はその場に座り込んで笑っていた。
 

周りの者達はその姿を見て呆気にとられていた。
 

「その人は嘘は言ってない」
 

後ろから一人の女が現れた。
 
年齢は十五、六ほどだろうか。
 
くせのある赤みがかった髪を肩の辺りまで伸ばしていた。
 
目は大きく唇は少し厚めで、それが返ってこの少女の魅力を引き立てている。


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「ほう…」
 
真魚はその女を一目で見抜いていた。
 
紫音(シオン)、お前が言うなら間違いない」
 
大きな男はそう言った。
 
母礼(モレ)、あなたは分かっていない」
 

紫音という女が真魚を見つめている。
 
「この人は私たち蝦夷の味方よ」
 
その言葉に皆が驚いていた。
 
倭の人間が蝦夷の味方であるはずがない。
 
誰もがそう思う。
 
だが、この紫音という女だけは真魚のことを信じていた。
 
一目で真魚を見抜いていた。
 
そういう霊力(ちから)の持ち主であることを真魚も既に感じていたのだった。



続く…