「奴らの力も増しているな」
真魚がつぶやいた。
「真魚殿、これはどういうことなのじゃ」
前鬼は納得がいかないようだ。
「光と影は表裏一体だ」
「そうは思わぬか」
真魚が前鬼の疑問に答える。
「確かにそれはあるが…」
「光の量で影は変わると言うことですかな?」
前鬼はそう言って考え込んだ。
「全ては繋がっている」
「何かが変われば全てが変わる」
「この宇宙に生きる者は、この宇宙の理からは抜け出せない」
「この宇宙の理は誰も変える事はできないのだ」
「それは神とて同じだ」
真魚はそう言うと顔をある方向に向けた。
その仕草でそこにいる全員がその意味を理解する。
馬の蹄の音だ。
先ほどの山賊のものではない。
それは二十騎ほどの馬の群れだ。
丘の向こうに見えた。
その群れは真魚達を確実に捉えていた。

「何だ、あれは?」
嵐が真魚に聞いて見る。
「じきにわかるさ」
「それよりも…」
真魚はそう言うと振り返った。
「前鬼、後鬼、悪いが姿を隠してもらえぬか?」
「あの者達にはそれが良い」
「真魚殿の言うとおりじゃ、うちらは姿を消すとしよう」
後鬼は真魚の考えを理解している。
「何かあったら助けることも出来る」
前鬼はその先まで考えていた。
その次の瞬間には二人の姿は見えなくなった。
「お前もな!嵐」
真魚が念を押した。
「お、俺もか~」
「当たり前だ!」
嵐は仕方なく子犬に戻った。
「その姿なら抱きしめてもらえるぞ」
真魚が冗談を言う。
「それもそうだな~」
「かわいい娘がいいなぁ~」
嵐は満更でもなかった。
しばらくすると馬に乗った者達がやってきた。
二十人ほどいる。
各に武器を装備しているが、手に持っている訳ではない。
真魚も既に棒は仕舞っている。
少し離れた場所に馬を止め、降りた。
先頭の男は身体が大きかった。
身体は大きいが愛嬌がある。
眉は濃いが目は小さめだ、大きな鼻が印象的だ。
無精髭を生やしていた。
着ている服の模様は、真魚が見たことの無いものだ。
「おかしいなぁ、先ほどは何人かいたような気がしたのだが…まあいいか」
大雑把な性格のようだ。
「何か大きな音がしたが、大丈夫か?」
大きな男は真魚を畏れている風ではなかった。
それどころか見知らぬ真魚を気遣う度量を持っている。
「ああ、大丈夫だ」
真魚は素っ気ない。
「一体何の音だ?かなりの音だったが…」
「その音で俺のことに気がついたのか」
真魚が問い返した。
「そうだ、山賊共を探している途中でな」
大きな男は偶然見かけた事実を告げる。
「その山賊なら逃げていったぞ」
真魚が答える。
「それで、何人もいたように見えたのか」
勝手に納得していた。
「雷が落ちて驚いてな」
「はっはっはっ、とうとう奴らにも雷が落ちたか!」
真魚からでた意外な言葉が、男にはおかしかったようだ。
「ところでだな…」
「お主はどこから来た」
どうやらこの大きな男が、ここにいる者達をを仕切っているらしい。
「倭から来た」
真魚はそう答える。
その言葉でそこにいる者達が緊張した。
それだけ倭を畏れていると言うことだ。
「勘違いするな俺は倭の使いではない」
そして、その言葉が緊張を解く。
「では、お主は何をしにこの地に来たのだ。」
大きな男がそう聞く。
「見たかっただけだ」
「見たかった?だけ…だと?」
真魚の言葉をおおきな男は理解出来ないらしい。
「それだけの理由で遙かこの地まで来たのか?」
大きな男は更に問う。
「そうだ」
真魚は嘘は言ってない。
「何がねらいだ」
おおきな男は疑っている。
それほど倭を信用すらしていないと言うことだ。
真魚はその事は感じ取っている。
それが次の言葉に繋がっていた。
「戦の準備をしておけ、奴らが来る」
真魚のその言葉はその男にとっては衝撃であった。
「やつらとは、倭のことか!」
男は動揺している。
「そうだ、あとしばらくはかかるであろう」
「だが、確実に来る」
真魚が答える。
「倭の人であるお主がなぜ倭を裏切る?」
大きな男は真魚のことが信用できないのだ。
「どうでもいいからだ」
真魚の口からでた言葉は大きな男の理解を超えた。
「はっはっははははは~。」
大きな男は笑いが止まらなかった。
「倭の男が倭をどうでもいいだと!」
「面白い!お主は面白い!」
大きな男はその場に座り込んで笑っていた。
周りの者達はその姿を見て呆気にとられていた。
「その人は嘘は言ってない」
後ろから一人の女が現れた。
年齢は十五、六ほどだろうか。
くせのある赤みがかった髪を肩の辺りまで伸ばしていた。
目は大きく唇は少し厚めで、それが返ってこの少女の魅力を引き立てている。

「ほう…」
真魚はその女を一目で見抜いていた。
「紫音、お前が言うなら間違いない」
大きな男はそう言った。
「母礼、あなたは分かっていない」
紫音という女が真魚を見つめている。
「この人は私たち蝦夷の味方よ」
その言葉に皆が驚いていた。
倭の人間が蝦夷の味方であるはずがない。
誰もがそう思う。
だが、この紫音という女だけは真魚のことを信じていた。
一目で真魚を見抜いていた。
そういう霊力の持ち主であることを真魚も既に感じていたのだった。
続く…