空の宇珠 海の渦 第五話 その六 | 空の宇珠 海の渦 

空の宇珠 海の渦 

-そらのうず うみのうず-
空海の小説と宇宙のお話



真魚は男達ではなく後ろの森を見ていた。
 
その時点でこれから始まることを疑う者は誰もいない。
 
「嵐!」
 
真魚が声をかける。
 
もうその封印を解く必要は無い。
 
真魚の合図で嵐の目が金色に輝いた。
 
身体からすさまじいエネルギーがあふれ出す。
 
輝きながら身体が大きくなる。
 
あふれるエネルギーで大気が揺れる。
 
その光の奥に金と銀の縞模様が見える。

胴の高さが人の背丈ほどになった。
 

その輝きが納まると同時であった。
 

森の中に闇が現れた。
 
今まで見たことがない大きさであった。
 
十人分の背丈ほどある。
 
森の木が隠れてしまいそうであった。
 
「なんじゃ、あれは!」
 
前鬼が腰を抜かしそうだ。
 
「うちは後方支援じゃからな!」
 
後鬼はさっさと草陰に隠れている。
 

「嵐が覚醒した途端にこれか…」
 
真魚は笑っていた。
 

「やっと腹一杯になるかもな」
 
嵐は舌で口の周りを一舐めした。
 


嵐の覚醒の光に山賊達は狼狽えた。

何が起こっているのか理解出来なかった。

その光の中に現れた見たこともない美しい獣に心を奪われた。


そして、後ろから漂う異様な気配に山賊達も気がついた。
 
「なんだ!これは!!」
 
闇が広がっていく。
 

「どおおぉぉぉぉん!」
 

突然、闇の扉が開いた。
 

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大音響と共に中からものすごい勢いで黒い塊があふれ出した。
 
黒い塊は蠢きながら形を取っていく。
 
「うわあああぁ」
 
馬ごと山賊の一人が絡め取られた。
 
あっという間に飲み込まれてしまった。
 

「言わんこっちゃない!」
 
後鬼は離れた場所から見ていた。

嵐は既に奔っていた。
 
「助けてやろうか?」
 
嵐は飲まれた男を引きずり出してやった。
 
「後は勝手にせい!」
 

そう言うと嵐は出てくるものを食った。
 
引きずり出された山賊は魂のエネルギーを奪われ、

かろうじて生きているだけであった。
 

「嵐も青嵐と融合して変わったな」
 
以前の嵐なら助けることなどしない
 

真魚は笑っていた。
 

「早く手当てしないと死ぬぞ!」
 
山賊の長らしき者に言ったが、この事態に狼狽えていた。
 

塊の一つが巨大な何かへと変貌し始めていた。
 

山賊達は瀕死の男を馬に乗せ逃げていった。
 

「山賊共が水先案内人か!」
 
斧を振り回しながら前鬼が愚痴った。
 

真魚は棒を持ったまま笑っていた。
 

巨大な塊は巨大な黒い蜘蛛になった。
 
だが、それは形が蜘蛛に似ているだけで、何であるのかは誰もわからない。
 

「面白い。」
 
相変わらず真魚には恐れなどない。
 

笑っている。
 

楽しんでいる。
 

こんな時に。
 

こんな時だから。
 

それが佐伯真魚なのだ。


覚醒した嵐の力は見事なものだった。
 
身体から溢れるエネルギーだけで闇のものを消し去っていく。
 
いつの間にか残ったのは巨大な蜘蛛だけになっていた。
 

「まだ、腹一杯にならぬのか?」
 
真魚は嵐に問う。
 
「八分目くらいだな」
 
舌なめずりしながら嵐が答える。
 
「それぐらいにしておけ」
 
真魚はそう言うと手刀印を組んだ。
 
蔵王権現の呪を唱えた。
 
赤い光の粒が真魚の持っている棒から溢れ出した。


光の粒は一瞬輝くと天に昇った。
 

その光は遙か頭上で赤い光の塊になった。
 
まるで、小さな太陽を見ている様にそれは赤く燃えていた。
 
「朱雀!」
 
真魚が叫ぶと小さな太陽は鳥となった。
 
その鳥は赤い光の矢となって巨大な蜘蛛に飛び込んでいった。
 
どおおおおぉっぉぉん!!

轟音と共に巨大な蜘蛛が燃えた。
 
その蜘蛛の身体から何かが放たれた。
 
「玄武!」
 
真魚が叫ぶと棒の前に光の盾が出現した。
 
光の盾は飛んできた闇の毒矢を消し去った。
 
「青龍!」
 
今度は棒が青く輝き始める。
 
あふれ出した青い光の粒が集まっていく。
 
真魚の頭上で渦を巻いていく。

渦の中心からエネルギーが溢れ出す。
 
ほどなくそれは青い龍の形へと変わって行った。
 
「征け!」


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真魚が叫ぶと燃えさかる巨大な黒い蜘蛛に飛び込んだ。
 
黒い巨大な蜘蛛は青龍の青い光に覆われた。
 
エネルギーを奪われ実体をとる事が出来なくなった蜘蛛は砕けて消えていく。
 
砕けた粒は風に乗って空間の中に消えていった。


続く…