3月9日
14年間、幼稚園から高校まで通った学園を卒業しました。
生きていたほとんどすべてをあの場所で燃やして、残ったものはきらきらしたものばかりです。
これから私たちはそれぞれの道を歩みはじめるし、これから生きていって自分を燃やす場所は別々になってゆくけど
よく、終わりは始まりだ、というように
あの場所で得たものを大切にしながらそれぞれ生きていくんだとおもう
いい学校だった。
先生たちも、仲間も、傷つけられたし傷つけたけど、幸せにしてくれたし、私はどれだけあげられたかわからないけれど。
正直いって実感はまだわいてない。
いつだったか永遠を信じられないから今を大切にしなきゃって思っていたことがあったけど、
当たり前のようにそれを感じられているから、寂しいとかまだ、感じないのかもしれない。
文明の発達ってのはありがたいもので、クラスの半数が参加しているラインはあたたかさに溢れてる。
今を大切にしたいのはもちろん変わらないけど、もうそれは無意識に、永遠だって感じられるひとになれた。
信じる、というより、感じてます。
それから今日、3月11日
ちゃんとあのときの痛みをまだ覚えている、られている。
誰かの無事をいつも願えるようになれた。
自分のまわりしか、手を広げて抱き締められる範囲でしかないけど、守りたいとおもうようになれた。
きっと復興、したとしても、震災が起こる前の元通りになれることはないとおもう。
なくしてしまった写真、もう会うことのできない大切なひと、変わってしまった場所
でもそういうことも含めて、被災地でいまも生きるひとや、そのひとを大切に想っているひとが、笑顔でいられる日々がやってきますように。
幸せの定義なんてもんはひとそれぞれだから、わからないけど、きっと笑顔でいられたら少しはましなんじゃないかなと。
で、タイトルはこのふたつをかけあわせて。
だいすきな歌の歌詞に、
明日と昨日
順番が代わりもしも今日の次が昨日なら
君にもう一度会えるかな
ってのがあって。
卒業するまでは、
「またあした」
そう言えば、言わなくても、みんなに会えることは当たり前だった。
震災の前の日も、そうだったかもしれい。
「またあした」が当たり前だった。
そこに笑顔があるのが当たり前だった。
不謹慎だけど、震災が私に教えてくれたことはほんとにたくさんあって、
節電とかはもちろんなんだけど、そういうこと。
当たり前を当たり前に確信することはすごく美しいことだけど残酷なこと。
常に疑ってかかってられるほど時間に余裕はないけど、一日一日を大切にするしかない。
前半のこととつながるけど、
永遠はただ信じるものというより感じるものなんだと思います。
だいたい、あとから。
きっと死ぬときに、ああ、ほんとにずっとだったな、って思うような。
永遠を確信できるなんて素敵だけどさ、そこに甘んじていてはいけないんだろうなと。
いつもいつも真摯に、毎日を、出逢うひとを大切にできたら、いや、できるひとになろうとおもいます。
大人になるからね、できるだけ、毎日につかれてばかりにならないように頑張りたいもんです。
写真はお世話になった場所のほんの一部。
担任の先生へのサプライズ製作のために早起きして大切なみんなと早めに学校にいって。
最後の最後まで時間通りにみんなが集まることはなかったけど、それがなんか、うん、好きだな。
ぜんぜんひとがいないもんだから、
ほんとは学校ケータイだめなんだけど撮りましたよね。
さて、また。この辺で。
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