亡くなった人の体は誰のものでもない。魂が抜けた体は、もう、還るだけのものだから
けれど、まだ温かい体は、息を吹き返すことはないと分かっていても、燃やすことなどできない。美しく、いとしい魂の宿っていた体
女の魂は、男の心の他にどこへ行ったのか
“空に、かえりたい”
あんなに空に還りたがっていた女を、どうして火にやれるだろう。男は女を腕に抱えあげ、立ち上がった。その男の体にも、女を死なせた毒は残っていた
男は女の安らかにも見える顔を見た。言葉にしなければ、伝わらないものもある。ああ、そうだ。お前と共に、生きたかった。同じ空の下にで、生きたかった
女が逝く前に、一度でいい。伝えたい言葉があった。もう届かない言葉を、息を失った女に顔を近づけ囁く。女の頬に男の涙が零れた
「あいしていた。セイア」
炎は赤々と燃え続け、伸びる黒い煙の上で、天は黒く生き物のようにどよめく。ただ、月だけが静かに白く輝いていた