女は男が動く気配に、またいつものように風のごとく立ち去るのだと思った。助けてくれたお礼も言えなかった。そんな後悔が胸の片隅にぼんやりと浮かんだ
女は面の下、目を閉じていたので、男が伸ばしてきた腕に気づかなかった。肩に温かいものが触れたかと思うと、女は強い力でもたれていた黒い壁から引き剥がされた。驚いているうちに、女は男の逞しい腕に強く抱き締められた
それは女がすっぽり包まれてしまうほど、広く大きな胸だった。肌は硬いのに暖かく心地よい。ゆっくり力強く打つ鼓動が伝わってきた
女は驚いて身じろぎしたが、男の力は緩まない。どこかで女を抱いていたのか、大人の甘い香りが鼻をくすぐる。けれど、男の首筋からは、温かい太陽のような香りがした
男は腕に込める力をわざと強めた。女はくらりとした。男の腕の力に息が詰まりそうだった
こんな強い抱き締め方は赤子にするものではない。女が戸惑っていると、男は腕を解いた
女は思わず思いきり息を吸った
男は女の目の前で、口の端を持ち上げた。その目は楽しそうだった
「男の抱き締め方も知らないのか」
くっくっと喉を鳴らして笑う
「やはり子供だな」