王とサーカス | soralibro

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通勤時の読書の備忘録です。

新年最初の本はカトマンズが舞台の米澤穂信「王とサーカス」
「さよなら妖精」では高校生だった大刀洗万智が記者になり、取材に行ったネパール カトマンズで殺人事件に巻き込まれます。

新聞社を辞めフリーになった万智は知り合いの雑誌編集者から旅行記事の依頼を受けネパールに入った。現地で知り合った少年にガイドを頼みカトマンズの街を散策している中、ネパールの王一族が身内に殺害されるという事件が起こった。急遽その取材を開始する万智は王宮に勤める軍人にインタビューをした後、射殺されたその軍人の遺体を発見する。万智のインタビューが殺害の原因なのか、王の死と関係があるのか、万智は事件の真実をたどっていく。
 
小説の最初はカトマンズの風景やそこで出会った人たちとの交流が描かれます。カトマンズの知識がない私には情景が思い浮かべられず、ちょっと取っ付きにくいと思いながら読み進めました。でもそのなかに事件の伏線が散りばめられていました。やはり米澤穂信の小説は一語たりとも読み飛ばせません。
 
取材をとおして万智は自分が記者としてどうあるべきかを問い続けています。かつて先進国は自分たちの価値観と正義を押し付けた報道で不安定な国ネパールを蹂躙し、住民の生活は混乱しました。軍人は二度とそういう過ちを犯さないと万智のインタビューを断ります。自分に降りかからない惨劇はこの上なく刺激的な娯楽だ、記者はサーカスの座長で記事はサーカスの出し物だ。王の死はサーカスのメインイベントだ、二度とこの国をサーカスにするつもりはない、と軍人は言い残して去り、そして殺されます。
 
ちょうど能登に地震があり、テレビでその報道ばかりを見ているときでした。私は石川県金沢出身です。幸い家族、親類、知人は皆無事で何日か断水した程度だったので安堵しました。でも能登は目を覆う惨状です。3日目あたりから有名どころのアナウンサーが次々現地入りし、ご遺族の話や避難場所をレポートしていましたが、まさに「王とサーカス」なのでは、と思いました。自分たちは金沢から車で行けるところまで1、2日往復して取材をしているだけで報道しているつもりのようです。結局は自分の身に降りかかった惨劇ではない。潰れた家の前で呆然とした人に平気で、今後の見通しは、と聞くアナウンサーにあ然としました。こういう報道関係者にこそ読んでほしい一冊です。読んでも伝わらないか。
 
王の殺害、軍人の殺害は繋がりがあるのか、万智は真相にたどり着き、そこに自分の記者生命を脅かす罠があったことに気付きます。ジャーナリズムとは何かを問うことが物語の主眼になっているように思いますが、ミステリとしても秀逸です。