『わたしの就職』シリーズ
建築デザイン事務所での仕事は、とても新鮮だった。
所長は建築家でもあったけれど、気功とか霊気とかそんなこともする人で、あと建築の仕事以上にセミナー等での講師業を楽しんでいる人だった。
業務は多岐に渡り、わたしが得意とする建築図面を描くこともあったけれど、名刺をデザインしたり、雑貨を企画提案したり、セミナーの準備をしたり、これまで経験したことのない仕事ばかりだった。
所長と、以前から勤めている年下の女性スタッフと、わたしの3名だけだったので、アットホームな職場環境でもあった。
この事務所に勤める前は雑貨屋さんで働いていたというもうひとりの女性スタッフが、いつも事務所を気持ちよく整えてくれていて、お花が飾ってあったり、お香が焚かれていたり、とても居心地のよい空間だった。
少しでも役に立ちたくて、仕事があまりなかったときに、その職場のキッチンをピカピカに磨いたことがあった。
するとふたりともとてもよろこんでくれて、すごくうれしかった記憶がある。
彼女とは所長が留守のあいだにたくさんおしゃべりもして、それもまた楽しいひとときだった。
それまで、たった一人で所長の相手をしてきた彼女からは、「あいぽんさんが来てくれてほんとうによかった。とても楽になったし、とてもうれしい。」と何度も言ってもらい、そう言ってもらえることもとてもうれしかった。
彼女の将来の悩みなども聞き、年長者としていろいろとアドバイスしたりもした。
ただ、セミナー講師等をつとめて、表向きはとても素敵に見える所長の、裏の顔のようなものを垣間見ることが多々あり、理想と現実のギャップというか、表と裏の違いというか、そんなところに幻滅もしていた。
所長はブログではかっこいいことばかり書いているけれど、実際はとても子どもっぽい人(年齢はわたしの父親と同じだった)で、長く勤めているもうひとりの女性スタッフに対する言動などにがっかりさせられることが多かった。
業務を拡張したいという思いでわたしを採用したらしいのだが、思ったほど仕事を取れなかったらしく、結局採用からわずか3か月で、以前から勤めている女性スタッフもわたしも、どちらも解雇させてほしいと言われた。
その女性スタッフは、わたしが採用になったのを機に、転職を考えていたところだったので、それはそれでちょうどよかったようだが、わたしはそのやりかたというか、自分勝手さというか、そういうところがなんだか納得いかなかった。
表向きはかっこよさげなことを言っているけど、実際はぜんぜんかっこよくないじゃないかと幻滅してしまった。
あるとき、職場にわたしひとりになるタイミングがあり、業務も特になかったので、わたしは職場のパソコンでそんな思いをSNSに投稿した。
あと一週間ほどでそこでの勤務が終わるというタイミングで、長男が発熱したので、その旨を伝えて早退したいと言ったら、「お子さんのこともあるだろうし、給料は払うから、もう明日からは来なくていいよ。」と言われた。
一見思いやりがある発言のようだが、どこか理不尽さを感じ、これまで溜まっていた気持ちが一気にあふれたわたしは、「どうしてそう自分勝手なんですか?」と思わず所長にかみついてしまった。
すると「そっちがそういうことを言うなら言わせてもらうが、パソコンでSNSに勝手なことを投稿しているそっちはどうなんだ。」と言われ、結局、SNSでわたしが発信した記事を読み、ショックを受けて、わたしに冷たく当たっていることがわかった。
そんなこんなで、喧嘩別れのようなかたちで、その職場を去ることになった。
わたしと所長が階下で言い合っているのを上階で待っていた同僚に、話し合いが終わったあとに所長と話した話を伝えた。
彼女曰く、以前勤めていた人から、所長はパソコンの履歴をすべてチェックしているから注意するように言われていたという。
「〇〇さん(所長の名前)も、そんなもの見なきゃいいのにね。自分が傷つくだけなのに。」とつぶやいた彼女のひとことが、すべてを物語っているように感じた。
まるで、恋人の浮気の事実をつきとめ、ひとりショックを受けているような、そんな感じだった所長。
外に向けて虚栄を張っていただけに、不安が強かったのかもしれないなあ。
今なら彼が抱えていた苦しみもわかる気がするけれど、当時は「かっこわるいなあ」としか思えなかった。
そのデザイン事務所で関わった仕事は思い出深いが、その所長に噛みついたこともまた苦い思い出として残っている。
たった3か月しか勤めていないが、かなり色濃く印象に残っている職場だ。
(次回へつづく)
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