強制送還からその後
夫のお母さんにお世話になりながら5ヶ月間同居生活となった。
(お互いこんなに長く過ごすと思ってなかった)
いきなり他人である嫁や数える程しか会ってない孫が同居。
お義母さんにはたくさんご迷惑をお掛けしました。
楽しかったことも辛かったこともあったけど、何とか乗り越えた5ヶ月間。
その間にあった出来事をさら~っと記録。
まずはあちこち行ってみた!(笑)
観光客もいないので、何処も彼処もほぼ貸し切り状態。
暑い暑い夏の京都を満喫。
さらに、弟はドイツで9月(正確には8月末)から1年生になる予定だったので、とりあえす、京都の小学校に一旦入学。
海外転出予定で転出届けを出していたので、事情を説明して京都に住民登録して(一悶着あって2週間もかかった)、学校側にも同様の説明をしたら制服や教科書などを貸してくれて、1学期が始まる2日前に学校行きが決まった。
(開校2年目の小中一貫校のため制服)
姉は一時的に3年生に編入、弟は1年生なので入学式から参加。
まさかまさかの日本で入学式
桜が満開の中の入学式はすごく良かったけど、予定外だったので着る服が卒園式に来た紺のワンピースしかなかったのが残念
誰もお友達がいない中で子供たちはよく頑張ったと思う。
新しいお友達ができて喜んでたけど
そんなこんなありながら、1学期間お世話になった。
本当に理解ある学校で有難く、国際交流教室みたいなものにも参加している担任の先生からは子供たちに話してもいいですか?と聞かれ、もちろんです!写真など送るので是非使ってください!とお返事した。
何人か海外から来た子たちも編入していたので、夫の母校は取り壊されたが、合併して新しく生まれ変わったようだ。
京都に来てから4ヶ月後、ようやく渡航制限が一部解除され夫はまた単身でドイツへ。
またまた子供たちは号泣でパパとお別れ。
しかし、今回は先が見えてるお別れだから!
夫は前に用意した書類とは別に雇用契約書、労働局からの労働を許可する書類を発行する予定と記載された手紙、フランクフルト連邦警察から入国の許可を得たメールのコピー、雇用主からの入国出来ないと店が潰れるといった内容の手紙などなどを全て持参。
入国審査で止められたが、もう一度ちゃんと読んで!といい、メールを読むなり上司に電話…。
入国のスタンプを押してもらえたとのこと
上司強ぇぇー
これが2020年7月24日の出来事。
私たち母子は夫の家族として、家族呼び寄せビザを申請してもらった。
それから1ヶ月後の8月24日、もう1つ用意していた戸籍謄本アポスティーユ付(翻訳済み)、夫の仮ビザと雇用契約書のコピー、連邦警察からの入国許可のメールのコピーなどを持ってドイツへ。
雇用主からの手紙には小学校の入学も確定しているなどが記載されていた。
成田空港で有効な滞在許可証がないと乗せられないと言われたが、この書類で入れると言われたと言って、書類をフランクフルトの入国管理局にFAXして確認を取ってもらい、ギリギリ搭乗。
フェイスシールドを渡され、搭乗したが、たくさん人がいることにビックリ!
小学生サッカーの団体が先生引率で乗ってたけど、このご時世にどこに遠征に行くんだ?と今でも不思議に思っている。
ご存知の方は教えて頂けたらスッキリするので、コメント欄によろしくお願い致します。
(ずうずうしい)
カタール経由でフランクフルトに8月25日昼過ぎに到着。
前回のことがトラウマになり、吐きそうになりながら入国審査へ。
あっさり終わった入国審査に拍子抜け。
(所要時間2分)
言葉分からないからパスポートと一緒に書類全部出して、パラパラ~っとめくってメール読んでからため息ついてスタンプバンバン!!
子供と3人でいいのいいのいいのとなった
ダンケ~と言って手を振ってその場をすぐさま離れた。
荷物を受け取りに行き、ゲートで感動の再会。
やっとドイツに入国出来た!
その日の内に住民登録に行き、帰りにドイツに来て初のアイスを食べた。
(オーナーは仕事がめちゃめちゃ早い出来る女)
大聖堂を見ながら…。
ようやくドイツに来たんだ~と実感した瞬間。
ここからはドイツ生活を存分に書いていける~
ここからは本当に日記みたいに書こう~
入国までの備忘録はとりあえずこれではおしまいや~。
というわけで、ここまでお付き合いくださってありがとうございました。
現在の時間に追いつくにはまだ少しあるけど、ささ~っと更新して、その後は日常生活をダラダラと書いていくことになろう
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